忘れん坊の外部記憶域

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多忙は言い訳に過ぎない?~ヒューマンファクターの観点から見る

 「多忙 言い訳」で検索すると、もの凄い量の「多忙は言い訳に過ぎない」「仕事ができない人の特徴」「無能」「出世できない」「駄目なオトコだから付き合ってはいけない」というような検索結果が出てきます。最後のは別の話なのでちょっと置いておいて、仕事において多忙は本当に言い訳に過ぎないのでしょうか。

現実に多忙は存在する

 確かに多忙を言い訳に仕事を断る人の一定数は仕事ができない人であることは事実かと思います。しかしながら、絶対に、間違いなく、明らかに言い訳の余地無く多忙な状態というのは現実に存在します。

 例えば夜中の接客業務を普段はアルバイトの二人で行っていたとして、急病で一人が来れなくなったとしましょう。そのような場合でもアルバイトが勝手に店を閉めるわけにはいかないため、駆けずり回ってでも無理くり仕事をこなす必要があります。そんな状況の人に「多忙は言い訳だよ」というのはどうにも残酷でしょう。

 つまるところ多忙が言い訳かどうかは「やらないからできないんだ」とか「時間は作るものだよ」といった精神論・根性論的な話ではなく、単純に時間の密度の問題です。

多忙はヒューマンエラーの元

  ヒューマンファクターの観点からすると、多忙であることは明確にヒューマンエラーの原因となります。

 ヒューマンファクターではエラーを誘発する要因になるものを「スレット」と呼びます。環境や組織、個人的なものからチームによるものまで様々な理由によって急激なスレットの増加は起こり得ます。先ほどの例のように急に人が抜けたり、逆に増えたり、人に呼びかけられたり電話やメールが集中したりといった具合にです。つまり多忙も立派なスレットです。

 このような場合人間の脳はパニックになってしまい、無意識の行動を取ってしまったり思い込みに陥ったりと意識レベルが低下します。簡単に言えば視野が狭くなります。これは目先に訪れた心身の危機に対して集中的に処理しようとする生物の本能的な反応であるため、根性ややる気でどうにかなる問題ではありません。精神論や根性論を用いてこれを無視しようとすることこそがヒューマンエラーが起きる最大の原因となります。

 また多忙は疲労を蓄積させます。疲労した人は注意力が低下し、反応速度が鈍り、決断力が低下し、物事を忘れやすくなります。これらも全てヒューマンエラーの元です。

多忙は言い訳に過ぎない、の使い処には注意すべき

 簡単な話ですが、「多忙は言い訳に過ぎない」という人は、36時間働き続けている外科医に手術をしてもらいたいでしょうか。3日間寝ていないパイロットの操縦する飛行機に乗りたいでしょうか。私はできれば健康なお医者さんに診てもらいたいですし、充分に休息を取ったパイロットに操縦してもらいたいと思います。

 「多忙は言い訳に過ぎない」場合があるのは分かります。明らかに仕事を回避するための言い訳に使っている人もいます。しかしながら「多忙は言い訳に過ぎない」という言説が独り歩きしてしまうと多忙は精神論で解決できるというように錯覚してヒューマンエラーを誘発する要因になりかねません。多忙は現実に存在するものであり、とても危険なのです。

余談

 平成24年度の日本外科学会会員の労働環境に関するアンケート調査では、外科診療における医療事故・インシデントについて何が原因と考えるかを複数回答方式で聞いた結果、81.3%の人が「過労・多忙」をあげています。実に8割強の外科医が過労と多忙を問題視していることが分かります。「スタッフとのコミュニケーション不足」が67.1%、「知識・勉強不足」が59.4%、「技術の未熟」が53.4%、「その他」が4.4%と、他の回答に比べて圧倒的に高い回答比率です。過労・多忙は無視してはいけない現実の課題だということが分かります。