技術とは多義的で幅広い意味を持っている言葉です。アート、テクニック、スキル、エンジニアリング、テクノロジー、サイエンス、クラフトなど様々な意味合いを含んでいます。今回はこの中でもエンジニアリング(工学技術)に焦点を当ててお話します。
エンジニアの仕事
私の仕事は技術者です。設計やら開発やらをする仕事ですが、それはアウトプットの結果であり、本質的には工学技術(エンジニアリング)を用いることがお仕事です。エンジニアリングを用いるから技術者(エンジニア)と言うわけですね。
私は機械系の製品を担当していますので、四力(機械力学、材料力学、熱力学、流体力学)をベースとして、その他の工学技術も複合的に用いることで技術的な課題を解決したり設計開発を行ったりしています。
さて、なぜ最初に技術が多義的であるかという話をしたか、それはエンジニアリングは単純に技術と訳すには少しややこしいことを説明するためです。
技術という言葉はあまりに多義的に用いられていますが、厳密には技術(知識)と技能(能力)に分けることが出来ます。サイエンスやテクノロジーは技術であり、アートやスキル、テクニックといったものは技能です。
簡単な例え話で言えば、「安全運転の仕方」そのものが技術であり、「実際に安全運転する能力」が技能となります。
エンジニアリングは技術と技能の中間です。技術(知識)を持っており、さらにそれを用いる技能(能力)も必要とされます。知識を持っていることは前提ですがそれだけではなく、それを活用できないといけないわけです。
例えば私は多少なりとも勉強したのでプログラムを読むことくらいは出来る程度の最低限の知識は持っています。コンピュータサイエンスやテクノロジーといった技術を僅かばかり持っているということです。しかしそれを用いてソフトウェアを作れるかと言えばまったくもってそんな能力はありません。コンピュータエンジニアリングが出来るわけではない、つまり私はITエンジニアとは言えないということです。
技術(知識)があればいいわけではなく、それを技能(能力)として活用できて初めてエンジニアと呼べる人材になります。
最初から知識を持っていることは期待していない
学校で専攻してきた分野に就職しないでエンジニアになる理工系の若者はそこそこの比率でいると思います。実際私も大学の頃はロボットセンサの制御を研究していました。制御工学と機械学習の勉強ばかりで、四力なんてすっかり忘れていたくらいです。なんの因果か今は熱力学と流体力学で飯を食っていますが、それらはむしろ赤点を取りそうなくらいには苦手でした。嘘です、流体力学は実際に赤点を取りました。
とはいえ専攻外に就職すること自体はさほど問題ありません。そもそも仕事に必要な技術(知識)は学校で学ばないものも多いですし、その活用方法である技能(能力)は学校ではほとんど学ぶことが出来ません。
そのため私たち技術者は若手が最初から「業務に必要な知識を事前に持っている」ことなんて一ミリも期待していません。持っていたらラッキー程度のもので、そんなものは就職してから覚えてもらえばいいと思っています。若手のエンジニアに求めているのは技術(知識)を勉強する技能(能力)を持っていることです。簡単に言えば「お勉強できること」を求めています。
これは学校の勉強が出来るという俗的な意味ではありません。
先に述べたように仕事で使う技術(知識)というのは学校では学び切れませんし、技能(能力)はなおさらです。専門外に就職する人も多いですし、専門外の技術部署に配属される若者も多数居ます。だからこそ、知識を身に着ける術を持っていることが期待されているのです。
「お勉強ができる」というと学校で学んだ知識をたくさん持っていることのように考えられがちですがそうではありません。最低限必要な知識は義務教育までであり、それ以上の学校とは知識そのものの学習よりも、未知の知識を学ぶ手法や態度を学ぶところです。
特に大学は学校教育法にもあるように、「学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする」教育機関です。広く知識を学び知的、道徳的及び応用的能力を高めることが目的であることからわかるように、大学とは専門知識を身に着けさせる職業訓練学校というわけではなく、知識を学ぶことが主でもなく、知識の学び方を学ぶところなのです。
エンジニアになる人の多くは高卒以上であり、義務教育以上の教育を受けてきた人々です。そうであれば自ら勉学をできる人間であるはずですし、そうでなければなりません。厳しい話ですが、高卒・大卒・院卒でお勉強ができない若手というのはエンジニアとしてお話にならないのです。エンジニアは知らないことを学ぶ能力を持った若者、すなわちお勉強ができる人を欲しています。
補足
博士課程とかはまた別です。そちらは学んできた専門知識を活かして研究職等に就職することが多いです。どちらかというとエンジニアリングではなくサイエンスやテクノロジー側ですね。
あと色々書きましたけど機械系の学生は四力をちゃんとやっておいたほうがいいですよ。エンジニアになってから死ぬほど苦労したので。
余談
この点で言うと企業が高学歴を優先して雇う理由は合理的ではあるんですよ。少なくとも難関の試験に合格して卒業する程度の勉強術を身に着けていることがある程度実証的に示されているわけですので。まあ、稀に「本当に学校の勉強しか出来ない子」が居たりするのは難しいところですが。