忘れん坊の外部記憶域

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図面が読めない購買によるコストダウンはろくな事にならない

 製造業では部品や消耗品、原材料や副資材を購入する部門・部署があります。組織によって呼び方は様々で、購買、調達、バイヤー、資材といった名称で呼ばれています。この記事では購買で統一します。

 今回は購買に対する技術屋目線での少し厳しい意見を述べたいと思います。

 

購買のお仕事

 購買の仕事はとても単純に言えば生産に必要なモノを買ってくることです。設計の作成した図面通りの部品、一般品であるねじやボルト、製品を包むための梱包資材、工程に必要な油や接着剤、その他生産で必要なものは全て購買が手配して購入します。製造というシステムのインプット物を全て管理する大変な仕事です。

 モノを買ってくるだけ、と言えば簡単に聞こえるかもしれませんが、当然ながらDIYのようにそこらのホームセンターで資材を買ってくるような気楽さでは行えません。問屋や商社、加工会社や成型会社、溶接屋や組立屋といった様々なサプライヤーとやり取りをして、適切な品質のものを、適切な価格で、適切な納期で仕入れる必要があります。

 モノの仕入れは生産工程における入り口です。ここで適切なモノを適切な納期で買えなければその後の生産全てが止まってしまいます。また購買は製造原価を抑えて利益をどれだけ稼げるかについても大きな責任を負っています。購買は決して花形の部門・部署ではありませんが、継続的な生産活動には不可欠であり、また仕事の成果次第で企業の収益性に最も貢献することができる縁の下の力持ちです。

 

購買に求められる能力

 購買は幅広い知識と対人能力を求められる仕事です。仕事の流れと求められる能力を追ってみましょう。

 購買の大まかな流れは「見積」「発注」「検収」です。他にも細かい仕事が無数にありますが、大きく分けるとこの3つが主業務だといえます。

 見積はサプライヤーからモノの購入に掛かる費用等を事前に提示してもらうことです。これには依頼側である購買にも様々な知識が必要になります。ただ単純にサプライヤーへ仕様書を送って見積を依頼すればいいというわけではありません。小さな部品一つ取ってもそれがどのような材質で、どう加工すれば作れるか、そのために掛かる工数、原材料費、管理費、必要な設備、設備を持っているサプライヤーの選定、設備の摩耗と工賃の推定、といった様々なことを理解していなければいけません。

 見積結果の妥当性を精査して適正価格かどうかを判断し、必要であれば価格交渉を行うことも仕事ですので、交渉力も重要になります。他にも売買契約を取り交わす前に取引上の問題点を探したり秘密保持契約を結んだりと、商取引や契約にも詳しい必要があります。

 発注は実際にモノを注文することです。昨今ではシステム化されているところが多いためそこまで複雑ではありませんが、逆に言えばある程度システムを理解する必要があります。そして当然売買契約やそれに関連する法規制を知っていなければいけません。下請法や独禁法を知らない購買マンなんて存在するはずがありません、まさかそんな。

 検収はモノの納期管理や納品処理、支払いなどです。特に困難なのが納期管理で、天災や設備の故障、事故や事件など納期が遅延する要因は無数にあります。突発的な事態にも対応できるだけの関係性をサプライヤーと密に築くため、購買には対人能力も求められます。

 その他にも、購買はお金を扱う部署であることからそもそも数字に強い必要もあります。なんとも幅広い能力を求められる仕事が購買です。

 

能力が無くても形だけは出来てしまう

 ここからが本題です。

 購買の実力差が明確に表れるのは見積です。見積には幅広い知識が本来は必要ですが、極論を言えばサプライヤーから見積を取るだけであれば誰にだって出来ます。図面をそのまま横流ししてサプライヤーに渡し、見積回答に応じて発注をかけるだけです。それだけであれば中学生にだって出来ます。

 そのため購買にはただ見積依頼を投げてその回答通りに発注するだけの伝票屋、発注屋が存在します。購買に必要な能力、つまり図面が読めなくても交渉能力が無くても見積や発注は出来てしまうのです、とても残念なことに。

 もちろん様々な変動要因や市況というものがありますので、全てのモノが事前に価格を見積もれるわけではありません。しかし少なくとも購買は見積の妥当性を判定できなければいけません。それが出来なければぼったくり価格で利益を損ねたり、品質を満たさない部品が納品されて生産に支障を来たすことになります。

 本来専門職は専門知識が無ければ務まりません。しかし購買という仕事は専門知識が必要だというのに専門知識が無くても形だけはこなせてしまう恐ろしさがあるのです。

 

図面を読めない購買の恐ろしさ

 購買の主な活動にコストダウンがあります。原価低減をするために出来る限り安くモノを買うことです。

 優れた購買マンはいくつものサプライヤーと密な関係を築き、協力してコストダウンを実現します。そしてコストダウンの利益をサプライヤーにも還元し、サプライヤーが人材育成や設備投資に資金を投じることが出来るようにします。そうして実力を付けたサプライヤーはさらにコストダウンを実施する、という良好なサイクルを築き上げるのです。

 愚かな購買マンはサプライヤーから搾り取るように利益を搾取します。そうなるといずれサプライヤーは事業を継続できなくなって廃業せざるをえなくなり、結果部品が手に入らなくなって自らを苦境に陥れます。

 しかし、技術屋にとってそれよりも恐ろしいのが図面の読めない購買マンです。この手の購買マンは見積のための専門知識が無いことから手当たり次第に相見積を取り、とにかく一番安く売ってくれるサプライヤーを選びます。品質や納期は分からないから度外視で、コストダウンのために一番安い価格を提示したサプライヤーを何も考えずに選ぶのです。

 そうなるといざ量産が始まった際に、やれ寸法が入っていない、数量が合わない、実は加工できない、納期が間に合わない、というようなトラブルが頻発することになります。まさしく「安かろう悪かろう」です。そしてその手の購買マンは専門知識が無いので自分ではトラブルを解決できません。よって当然の権利がごとく、問題解決を技術や品質保証にぶん投げるのです。

「さっき納品された部品なんだけどここの寸法が外れちゃってるんだよね、でもこれを明日中にラインに投入しないと生産止まるんだよな。なんとか使えない?」

 尻拭いをさせられる技術や品質保証からすればたまったものではありません。しかし簡単に生産を止めるわけにはいかないので特急業務として評価試験や設計の再計算を行います。ぶん投げた購買マンは知らん顔で帰宅です。というか本当に知らないから気にもしていません。生産が止まったら頼んだ技術や品質保証の仕事が遅いせいだと言うのです。

 通常、製造で不良品を出したら製造部門の責任です。設計で不良を起こしたらもちろん設計部門の責任です。よって購買品で不良品を買ってきたのなら本来は購買部門の責任で対応しなければいけません。しかし伝票屋や発注屋は注文するまでが仕事と誤解しており、たとえゴミのようなものを買ってきてもその後の責任を取らないのです。

 技術屋や品質保証屋が恐れる存在、それが図面の読めない購買です。

 

 言ってしまえばここ数年各メーカーで騒がれている品質不正における特採(特別採用:不合格品を審査して使用すること)が起きるのはこの手の購買マンのせいだったりします。規格外れ品を買ってきて、でも納期があるから無理やりデータ改ざんをして使う、というろくでもない不正行為の一因です。購買屋の皮を被った伝票屋・発注屋はなんとも、実に恐ろしいのです。

 

 

余談

 厳しいことを書きましたが、優れた購買マンだってたくさんいます。良い図面の書き方やサプライヤーとのやり取りの仕方など様々なことを私も購買のベテランから教わってきました。ただ、図面が読めない恐ろしい購買マンがこの世には存在するということもまた事実なのです・・・