軍需産業についてはすでに識者や専門家の方々が各所で語っておられますので私のような素人が語ることではないのですが、定期的に話題となる軍需産業の陰謀について少し私見を述べてみたいと思います。
そもそも軍需産業の定義は?
軍需産業とは軍隊で使うものを販売する企業群の総称です。この定義自体はとてもシンプルなのですが、では何を持ってどこまでを軍需産業と言えばいいかというと難しいものがあります。
例えば軍隊は食事もしますし服も着ます。パソコンだって買います。そういった日常的な様々な物資を売っている企業も軍需産業という定義には該当するわけです。しかしながらパン屋やカレー屋、さらにはそういった企業に資材を売っている原材料屋や機械屋までが軍需産業かと言われるとなんとも腑に落ちないものがあるでしょう。
では兵器やシステムを売っている企業だけに限定できるかというとそれもまた難しいものです。工業製品は単一の企業で作っているのではなく広い裾野を持っているため、関連企業だけで数百社以上存在します。町工場でネジを作っている企業までが軍需産業かというとやはり疑問です。反面、裾野が広いだけに一部のユニット・コンポーネントを専門で製作している企業というのもあり、どの範囲までを軍需産業と呼ぶかを決めるのは難しいのです。
例として、エアコンで有名なダイキン工業は防衛省に砲弾等の兵器を販売していますが、その売上の比率で言えば全体の2%以下です。ダイキン工業を空調・化学製品メーカーではなく軍需産業だと定義するのは暴論な気がします。
兵器やシステムを売っている比率が高ければそれが軍需産業かと言えばそれもまた違うでしょう。日本で最も兵器の売上が大きい企業は三菱重工ですが、売上高約4兆円のうち軍事関係は1割程度です。その他の民生品のほうがよっぽど商売の規模が大きく、単純に比率で考えるとこのような企業が漏れてしまいます。
以上のように、軍需産業とはそもそもどのような企業が該当するか、というのを定義するのは案外難しいものです。
現代の軍需産業はとても規模が小さい
第二次世界大戦当時であれば国家財政に対する軍需の規模は極めて大きく、その意向が国家政策に影響を与えるものでした。軍事費は1944年のアメリカでもGDP比で約80%、イギリスで60%程度、日本では110%にのぼる規模です。
現代では軍事費はほとんどの国でGDP比10%以下の規模に縮小されています。アメリカですら5%、イギリスは2%、日本は1%程度です。
とても単純な話として、規模の縮小に伴い軍需産業の発言力というものは小さくなっています。GDP比数%程度の産業に対して国家や政府が強く配慮する必要は無いためです。民生品のほうが軍需品よりもよっぽど商売規模が大きく、下手に戦争なんか起これば民生品の商売が成り立たなくなるのですから、国家や政府はむしろ規模の大きい民生品産業に配慮するものです。
また、世界の軍事予算を全て足すと200兆円の規模がありますが、半分以上は人件費とメンテナンスで消えるため、実際に兵器に使われるお金というのはさらに小さくなります。
兵器の市場規模を見てみましょう。
兵器に関してはストックホルム平和研究所が兵器売上の大きい企業トップ100社を毎年公開しています。
◆SIPRI Arms Industry Database | SIPRI
データベースによると兵器の売上はトップ100社を合計して5500億ドルです。これは物流の王様であるウォルマートの売上1社分と同等、もしくはトヨタ自動車とフォルクスワーゲンを足し合わせた分くらいに該当します。トップ100社をかき集めてもその程度ということです。
戦争を起こすほどの発言力は軍需産業には無い
つまるところ世界を裏で牛耳るような軍需産業・軍産複合体というのは現代においては存在しません。そこまでの市場規模を軍需産業、特に兵器産業は持っていないのですから。軍需産業の陰謀によって戦争が起きるというのは少なくとも現代では当てはまらない発想となります。
むしろ軍需産業の売上上位はアビオニクスやセキュリティといったシステムインテグレートに傾注してきているため、戦争反対とまで思っているのではないでしょうか。下手に戦争でも起きようものなら軍隊を稼働させるための消耗品に予算を割かれてしまうので、規模が大きくて発言力のある大企業ほど売上が激減します。それよりは平和な環境下で利益を稼げるシステムに予算を取れるほうが望ましいと考えているはずです。
また例として挙げますが、日本で最大の軍需企業と言える三菱重工において軍需は総売上の1割程度と述べましたが、この事業は赤字です。有価証券報告書より、航空・防衛・宇宙のセグメントは2019年度で約2000億円、2020年度でも約1000億円の損失です。戦争になってこの事業規模が大きくなるということは赤字額が増えるということですので、まあ私が三菱重工のお偉いさんであればありとあらゆる手を尽くしてでも戦争阻止に動くでしょう。
所感
大戦以降、軍需産業は縮小していく方向になっています。世界の平穏のためには今後も世界中で軍需産業が縮小していくことが望ましいでしょう。
ただ「軍需産業の陰謀」というような攻め方は事実と異なると言いますか、少し的外れなものですので、もっとストレートに「武器反対」というベクトルの方が良いかと考える次第です。目的は手段を正当化するとしても限度があり、誤った事実に基づいての指摘はやはり効果的では無いと思います。
余談
防衛省に限らず、お役所関係の案件は書類が倍以上に膨れ上がるので嫌い。お役所だから仕方ないのは分かるけど、分かるんだけどさー・・・