忘れん坊の外部記憶域

興味を持ったことについて書き散らしています。

組織の目的共有の是非:ソリッドとリキッド(固体と液体)による組織観の考察

 一方向の意見を考えた後は必ず反対側の意見を考えたい癖があることから、あえて先日述べた内容とは逆側の見解も展開してみたいと思います。

 主題は「士気や忠誠心を組織が強要するのに否定的だとして、では士気や忠誠心はどう高めればいいか」です。少しややこしいテーマですね。

 

士気や忠誠心を否定できるものでもない

 先日の記事でも述べたように、対価も無しに従業員へ士気の向上や忠誠心を求めるのは「やりがい搾取」である、との考えを私は持っています。それは共感の強要であり、他者に共感を強いるのは一種の心理的暴力に他なりません。

 しかし、では組織側は士気や忠誠心を高めるのに何ら施策を打たなくてもいいかと言えば、それもまた違うと考えます。

 組織を構成する人々が士気高く意気軒昂なる様で協業することは組織にとって不可欠です。そうでなく皆が別々のことをするのであれば、そもそも組織化する意味がありません。組織が士気の維持や忠誠心の獲得を重視するのは構造的な必然とすら言えます。

 

日本的な組織観の分解

 理想論として、組織運営者が為すべきは「自組織の目的を明確に開示すること」までであり、しかしそれに従うかどうかは強要するものではないと考えます。水が合わない場合はそこから飛び出すも追い出すも自由、互いに合意の上で同一目的へ向かう、それが理想的です。

 とはいえ、それは雇用の流動性が高い社会の理屈です。日本のような雇用の流動性が低い社会では組織の目的に応じて参集するのではなく、「そもそも企業の理念にはそこまで興味ない」人がそこそこの比率でいることでしょう。個々の自己実現が優先であり、会社や組織はそのための道具であり乗り物だと考えて所属する人々です。「目的」を紐帯としない人は比較的よく見かけることでしょうし、私もその傾向を持っています。

 

 その点からすれば、ソリッド(固体)な欧米的な社会に比べてリキッド(液体)の扱いを受けることの多い日本的な社会はその実、同じ目的に向かって一緒に進もうとする同調圧力が存在しない、個々人の主張が強固で強烈なソリッド社会だとも言えます。同じ組織にいるのに同じ方向を向かないなんてありえない、とする同調圧力が小さな組織観です。

 

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例外が多いため欧米と日本を二項で分割することはあまり意味をもたないのですが、今回は分かりやすく個の重視をソリッド、全体の重視をリキッドとして、欧米なものをソリッド・日本なものをリキッドと記述します。

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 そんな日本社会で何故組織化が可能か、これは別の同調圧力が働いているためだと考えます。それは所属自体の同調圧力です。

 欧米的な組織において、構成員同士は仲間です。それは同じ目的に向かう協力関係にある利害関係者だからです。隣に座っている同僚が困っていたら助けるのはそれに利得があるためです。

 対して日本型の組織においても構成員同士は仲間です。しかしそこに理由はなく、同じ組織に所属しているだけで仲間と認定されます。隣に座っている同僚が困っていたら助けるのは隣に座っているからです。

 もちろん個々人によって助けるかどうかの基準、閾値や関係性には差異がありますが、ここで述べたいのはその意思決定の前段階における仲間意識がどう発生するかの違いです。

 つまるところ、日本型の組織は家族の延長線にあるものです。協力関係・利益関係だから仲間なのではなく、一緒にいるから仲間だと判定されます。その点からすればやはり日本社会は強固なリキッド社会でもあるのでしょう。

 

 個人的なイメージですが、欧米的組織はピラミッドです。ソリッドの個人が接合して積み重なり、一つの構造物を構築しています。よって組織そのものもソリッドです。

 対して日本的組織は砂糖を入れたコーヒーです。ソリッドの個人をリキッドに入れた状態であり、全体から見ればリキッドですが、つぶさに見ていくと溶け残っているソリッドな個体が存在します。

 この差異は善悪ではありません。どちらが良くどちらが悪いかではなく、ただそうした違いがあるに過ぎません。

 ソリッドな組織は明確な目的に対して強力ですが、急激な変化に弱いものです。対してリキッドな組織は目的意識の共有が薄く平時の組織力は脆弱ですが、急激な変化にも柔軟に対応することができます。

 どちらにもそれぞれ利点と欠点があり、どの類の同調圧力を好み嫌うかは人それぞれです。

 

日本的な組織の従業員エンゲージメント向上

 このような違いがあるとすれば、日本的な組織において「企業の理念、経営者の考えの共有」は従業員エンゲージメントの向上には有効に働かない可能性があります。ソリッドな組織であれば固体同士を接合する接着剤として働くそれは、リキッドな組織では液体部分の粘性を必要以上に高めてソリッドな個人を阻害する悪影響を与えかねません。

 所属するだけで仲間と認定されるリキッドな組織は、時に煩わしい同調圧力を生むものではありますが、わざわざ目的を用いて接着する手間が要らないとも言えます。リキッドな組織では同じ目的でなくとも協業が可能です。それはある意味、価値観の多様性の一形態ですらあります。

 

 よって、日本的な組織で従業員エンゲージメントを高めるのであれば、目的を共有して個々人をよりくっつけるのではなく、逆にソリッドな個々人の目的が達成しやすくなるよう少し引き離すほうが有効ではないかと愚考します。自己の目的達成が可能な組織であれば、働きやすさから従業員エンゲージメントも高まるのではないでしょうか。

 

 

余談

 もちろんリキッドな関係、組織の目的と自己目的を重ねて同一視することを好む人も多々いますし、軍隊のように組織の目的が個人よりも優先されるソリッドな組織だってあります。つまりは一概に引き離せばよいわけではなく、組織の粘度は匙加減次第です。