忘れん坊の外部記憶域

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個人のブログやSNSをソース・論拠にする場合の注意事項

 この駄ブログでは各国の統計データやら国際ランキングやらを扱った記事を投稿している関係か、極めて稀ではありますが、SNSやネット上でその手の議論が行われている際のソースや論拠に使われる時があるよう、です?

 

 微妙に疑問形なのは、ほとんど直接的には把握していないからです。

「なんかあの記事のPV数が増えてるな?検索エンジンからのアクセスじゃなさそう。となると、どこかで誰かが引用したのかな」

くらいのフワフワした把握度合いです。

 うちの駄ブログは特徴的な名称や部分が少ないためエゴサするには向いておらず、はてなブログ内で引用されればアカウントに通知が来るので分かりますしTwitter辺りであれば検索で一部を見つけられますが、それ以外は正直さっぱりです。この手のアンテナやアクセス解析技術が低いため、正直よく分かっていません。

 

 そんな低解像度の状態ではありますが、個人のブログやSNSをソースにする場合の注意事項について思索した結果をまとめます。

 

事実(fact)と意見(opinion)の分離

 論文やブログ、雑誌やSNSなどの情報発信では「事実(fact)」と「意見(opinion)」が含まれています。

 このうち重要なのは「事実」です。

 

 ある「事実」からどのような「意見」を持つかは人それぞれであり、同じ「事実」からでも人によって異なった「意見」を持つこともあります。

 そのため、極論ではありますが「意見」に正誤は無いとすら言えます

 よくビジネスや心理学で引用される「コップの水」の話であっても、「まだコップに水が半分ある」と思おうが「もうコップに水が半分しかない」と思おうが、それは正誤で評価することではなくそう思った人の勝手です。もちろん論理的や道徳的に誤った「意見」は存在するのですが、逆に言えばそういった瑕疵が存在していないのであれば「意見」は自由なものです。

 

 そういった「意見」に対して、「事実」は誰が見ても同じ客観性と定量性を持っている主観に左右されない強固な情報であり、「事実」の正誤はとても重要なファクターとなります。「事実」が誤っていればそれに立脚して構築される「意見」は全て根拠のない言葉の羅列に過ぎません。

 そして個人のブログやSNSは査読論文や学術雑誌と比べて「事実」の取り扱いが甘いことが多いため、適切な「事実」に基づいて「意見」が構築されていない場合が多々あります。

 よって個人のブログやSNSをソースとして引用する場合は、「意見」に対してどうこう判断するよりもまず「事実」が正しいかどうかを見るのが適切かと思います

 

権威に盲従すべきとは言わないが

 私は権威主義者というわけでもないのですが、とはいえ情報の単純な信頼性で言えば査読論文やインパクトファクターの値が高い学術雑誌に掲載された論文のほうが個人ブログよりも高いと考えています。必ずしも正しいわけではないにせよ、少なくとも「事実」のチェック機構や強度は明確に優れているでしょう。

 よって他者によって発信された「意見」をソースにするのであれば、優先度は論文や学術雑誌であるべきであり、個人のブログやSNSはその下に置いておいたほうがリスクヘッジとして安全です。

 もちろん適切な「事実」、例えば公的機関のデータや国際団体の統計を用いていることが明確であり、「事実」の根拠がはっきりと提示されていて問題ないことが確認できるのであれば、個人のブログやSNSの「意見」を参考にしても問題ないと思います。

 

結言

 個人のブログやSNSをソースにする場合は「意見」だけを引用するのではなく、その「意見」を導出するための「事実」が正しいか、その「事実」を適切に用いているかを事前にチェックすることが望ましいです。

 また「意見」は人それぞれのため、「意見」の正誤を争うことは時に徒労となりかねないものです。よって基本的には「事実」の部分をベースに論じ合うのが望ましいと思います。

 「意見」だけをベースに議論を進めてしまうと、最終的には「あいつの言うことだから信用できる」「彼の言うことだから信用できない」と判断基準が属人的になってしまい、議論が「事実」を無視した人格攻撃の方向へ進んでしまいかねません。それはあまり建設的ではないでしょう。

 

 

余談

 この駄ブログの拙い「意見」を参考にしてくださったり疑問や反論を提示してもらえるのはとてもありがたいことですし、引用されることはまったく問題ないです。

 特に疑問・反論はありがたいので、ぜひとも記事中にコメントいただけますと幸いです。