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決断と独断専行の境目

 独断専行は指揮官が現場の状況に応じて受けている命令に反することを決心する行為を意味する軍事用語ですが、現在では単独の判断で事を行う行為を意味する言葉として広く用いられています。

 軍事における独断専行は必ずしも批判的に扱われるものではなく、むしろ即断即決が必要な軍事の特質上、必要不可欠なものとして扱われています。

 それに対して一般的な用語としての独断専行は多くの場合で批判的に扱われます。これは民主主義社会では単独の判断ではなく話し合いによって決めることが基底であることが理由かと考えます。

 

 今回は軍事用語ではなく一般的用語として批判的に用いられる独断専行について、その是非や諸々に関して論考していきます。

 

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独断専行の必要性

 どれだけ物事に対して事前に備えていたとしても、現実にはそれを上回る事態が生起し得ます。

 もちろんだからと言って備えなければいいわけではなく、事前に様々な事態への想定と対策を行い、非常時の体制や備えを整えておくことは個人においても組織においても必要です。

 

 ただ、備えていただけでは決して十分ではないこともまた事実です。刻一刻と変化する現場において指揮部署との完全な意思疎通や即時性の高い指示を得ることは叶わないものであり、非常時には権限を超えた現場による決断が必要不可欠です。

 決断の分かりやすい事例としては、未だ日本人の記憶に残る東日本大震災が良い事例になるかと思います。国土交通省東北地方整備局が発行する『東日本大震災の実体験に基づく災害初動期指揮心得』では、次のような事例を独断専行ではなく適切な決断だと評価しています。

 

防災課長は災害対策室へ入室して間もなく、局長に対し、防災ヘリコプター「みちのく号」を委託パイロットだけでフライトすることを進言した。発災から37分後の15時23分に、防災ヘリコプターは仙台空港を離陸したが、その後仙台空港は津波により冠水した。短時間でフライトを決断しなかったら、防災ヘリコプターは失われ、広範な被災地の調査等に致命的なダメージを与えるところだった。

出典:国土交通省 東北地方整備局 『東日本大震災の実体験に基づく災害初動期指揮心得』

 過去の大規模災害では深刻な被災情報が伝達された地域を優先的に支援していたため、より深刻な地域への救援が遅れたことがあります。大規模災害では深刻な被災を受けた地域ほど情報を中央に届けることができなくなるためです。

 このような有事においては生存者バイアスの影響を受けないよう適切な意思決定を行う必要があり、被災側ではなく救援側から能動的に情報を獲得できる防災ヘリコプターは極めて重要なファクターです。

 ルールに囚われない短時間でのフライトの進言と決断は防災ヘリコプターが失われることを防ぎ、多くの人命を救う決断となりました。

 

三陸国道事務所長は、山田町、釜石市の要請を受け、道路が寸断された地域の救援のため、高速道路であるにもかかわらず三陸沿岸道路のガードレールを数か所で撤去して出入り自由とすることを決断し、平時のルールに拘泥せず速やかに実施させた。これにより、山田町、釜石市などの交通路が確保された。

出典:国土交通省 東北地方整備局 『東日本大震災の実体験に基づく災害初動期指揮心得』

 大規模災害が発生した時、未だ危険な最前線へ真っ先に向かうのは国交省の役人と土建業者です。自衛隊、警察、消防、医療、物資、それら全てを迅速かつ大量に被災地へ届けるためには道路啓開(道の復旧)が不可欠であり、彼らがまず道を切り開かなければ被災地へ入ることすらできません。

 当然ながらガードレールは道路管理者の所有物であり、国土交通省や市区町村、企業や個人などに権利がありますので、道路のガードレールを勝手に撤去してはいけません。

 しかし大規模災害においては発災後72時間が人命救助のタイムリミットであり、何よりも時間が貴重です。この喫緊の事態における現場の決断が、結果的には多くの人命を救うことになりました。

 

決断と独断専行の境目

 なぜこれらの決断が独断専行として批判されないのか。そこに決断と独断専行の区分があります。

 つまるところ、独断専行と批判されない決断には次のような要素があります。

  • 恣意的ではない。
  • 意思決定者が責任を負っている。
  • 緊急性が高く判断を仰ぐことがむしろ不合理となる。
  • 上級者へ直ちに報告がなされる。

 これらを一言で言えば、その意思決定が組織の目的に沿っているかどうかが決断と独断専行の境目です。

 

 まず、現場の恣意的な決断ではないことが最低限不可欠な条件です。どのような意思決定であっても組織の目的に沿っていないのであればそれは独断専行と批判されることになります。

 同時に、緊急性の高さは必須条件です。現場と上層部で入手できる情報量に差が出ることはやむを得ないものですが、同じだけの情報を持っていれば上層部も同じ決断を下す、そのような場合は独断専行の誹りを免れることができます。そのためにも常日頃から現場と上層部が意思疎通を密に行い認識と目的意識のすり合わせをしておくことが必要です。

 意思決定の責任が直ちに上級者へ伝達されることも重要です。その決断の責任は現場が負うものですが、その結果に対する責任は上級者の負うべき責任です。たとえ責任者と言えども、責任を負う決断をしていない場合は「そんなことは聞いていない」と責任から逃避する気持ちが生じるものです。上級者が責任を負う決断を促すためにも、決断は直ちに報告し、その追認を上級者が行えるようにしなければなりません。

 

結言

 理想を言えば、全ての事態に対して事前に備えておくことで、決断が必要ない状況を作ることが望ましいものです。

 しかし、残念ながら現実はそこまで甘くはなく、緊急時には否応なしに現場の決断が必要になります。それが独断専行とならないよう、決断に関する理解と準備が必要です。

 

備えていたことしか、役には立たなかった。

備えていただけでは、十分ではなかった。

出典:国土交通省 東北地方整備局 『東日本大震災の実体験に基づく災害初動期指揮心得』

 備えていても十分ではない現実に対して、現場で適切な決断ができる人材を組織ぐるみで育成すること。

 それもまた備えの一つであるのでしょう。