忘れん坊の外部記憶域

興味を持ったことについて書き散らしています。

献血バスを見る度に思い出す

 献血は参加しやすく人助けにもなるボランティアの一つです。

 私は人助けになることは好きなので献血にも積極的に参加したい気持ちはあるのですが、今のところ残念ながら1回しかやったことがありません。

 その言い訳を今回は記録していきます。

 

献血の思い出

 初めて献血を行ったのは社会人になってすぐの頃。

 もう大人なのだから社会貢献の一つでもすべきだなと、特に深みの無いやる気と視野の狭い気軽さが混在する思考に従って会社の団体献血に参加してみた。

 「献血は初めてですか、でも成人男性なら400ml献血もいけると思いますよ」

 看護師のお姉さんは笑顔で言っていたので、じゃあそちらでと献血の種類もよく知らないままに回答した。そちらも何も、他にどんな種類があるかは知らなかった。

 献血バスの中には歯科治療で使うような斜めの椅子が幾つか並んでいる。一番手前の椅子を指定されたので導かれるままに座った。意外と座り心地は悪くない。いや傾いているから寝心地に近いが、何はともあれ快適だ。どのくらいの時間が掛かるかは知らないがこの椅子であれば不満はない。

 

 献血が始まるまで看護師さんが何かしら説明していたような気はするが、あまり覚えてはいない。私の好奇心は首を曲げて手元の作業を眺めることを求めていた。

 注射の状況を直視することを嫌がる人が世の中には存在する中、私は注射される様子を眺めることが嫌いではない、それどころか好きなほうだ。何も私が麻薬中毒者で常習的に注射をしているから注射が好きだとかそういった話ではなく、針が自らの皮膚に刺さっていく様を見学するのが好きな、頼まれてもいないのについ凝視してしまうただの変態なだけだ。

 また、どちらかと言えば工学屋の工学的興味のほうが強い。僅かな痛みのみで適切に液体を流す細孔を持った針、これを大量生産するにはどのようなプロセスでコストを低減しているのか、もっと針を細くするにはどうすればいいのか、そんなことを針が刺さる様を見ながら考えている。いずれにしても変態であることには変わりない。

 そもそも幼少期の頃から注射で泣いたことはないどころか興味深そうに眺めていたらしいので、変態の素質があったのだと思う。

 ちなみに、看護師の妹曰く「注射する様をじっと見てくる患者はイヤだ、緊張するから」とのことだ。それは、まあ、そうだろう。

 

 閑話休題。

 採血が始まった。踊るわけにもいかないので手持無沙汰に残務のことを考えながら血液が流れていく様を眺めていたが、1分も経たずに飽いてしまった。別の椅子に座っている人と雑談をしていいものかも分からないため、大人しく斜めになった椅子に座っていることしかできない。落ち着きのない私のような人間にとってはあまり面白い状況ではない。

 待っているのも退屈だから寝てしまおうかとも思ったが、さすがに勤務時間中でもあるのでそれも適切ではないだろう。そもそもこんなに人が居るバスの中で眠くはならない。

 

 そう思っていたところ、まさかの眠気が訪れた。なんだ案外眠れるものじゃないか、私も存外に肝が太いものだと面白みを感じつつ、そっと目を閉じて大人しく睡魔に身を任せようとしたところ、何やら看護師さんが慌ただしく動き始めた。

 「大丈夫そうですか?」

 大丈夫そう、とはなんだろう。眠気のことだろうか。よく知らないが採血中は寝てはいけないのかもしれない。

 質問をされたのだから眠気を追い払って何かしら答えなければならないとは思ったが、ただ、なかなかに抗いがたく、適当な返答を返すことができなかった。

 「まだ半分も終わっていませんが、このまま続けますか?」

 なんだ、まだ半分も終わっていなかったのか。このままだと間違いなく寝落ちするだろうな。

 「多分・・・いや、ちょっと足りないかな?んー、あと少し・・・ええと、ギリギリ200は取れたと思いますので、止めますね」

 この辺りでようやく状況が理解できてきた。看護師から見て、これ以上血を抜いたら駄目そうな状態になっているのだろう。

 それは分かり始めたが、やはり上手い返答は出てこなかった。確か「はぁ」とだけ答えた。意識的にも難しかったが、そもそも200とは何かを知らなかった無知が原因かもしれない。

 「これで終わりにします、椅子を倒しますね」

 今度は曖昧な返答をする猶予も無く、看護師さんは慣れた調子で操作を始めた。傾きを持っていた椅子が徐々に地面に対して平行に戻っていき、そのまま今度は足を上に、そして頭が下になるよう最初とは逆向きに傾いていく。

 なるほど、この椅子は可動式だったのか。頭に血が回るように椅子からずり落ちない程度で人間をひっくり返す機能を持っているんだな。なんとも、よく考えられたものだ。

 

 その後、顔色が平常に戻るまでバスの中で30分近く斜め下向きにひっくり返されていた。運の無いことに献血バスの入口に一番近い椅子でひっくり返されていたため、ひっくり返されている私を同僚や職場の人々が通りすがりに眺めてきた。彼らが暖かい言葉を掛けてくれたことを覚えている。

 「なんでお前ひっくり返されてるんだ?」

 「顔色がすげえな」

 「へぇ、この椅子ってひっくり返せるんだな」

 「どのくらいで仕事に戻れるんだ?」

 暖かい言葉を掛けてもらえなかったことは覚えている。

 

結言

 献血バスの椅子は、頭が下向きになるまで傾くことができる。

 

 血の気の多いタイプではないと思ってはいましたが、実際の血もそんなに余裕が無いとは思いもしませんでした。

 本来、人間は逆さま厳禁、天地無用なものではありますが、たまにはひっくり返るのも一興ということで、いずれリベンジとしてもう一度400ml献血に挑戦してみたいと思います。