多いほうが喜ぶ人もいれば、そうでない人もいる。
大は小を兼ねず、万人が満足するサービスは有り得ない。
そう思った話。
そう大仰なことではない、ただの日常の話。
走るよりは歩くほうが好き
6月初頭の土曜日は街探索ついでにふらふらと街を歩き回っていた。
もちろん徒歩圏内で赴ける場所など高が知れている。
とはいえ過去に住んでいた地域に比べれば少し様相は異なる。なにせ「健康のために一駅歩く」が実行可能な都会では徒歩圏内で隣の駅へ行けることから街と街の隙間は極めて小さく、徒歩でも充分に何かしらを見て回ることができる。
対して地方では街と街の隙間が大きいため、下手をすれば道なき道を何時間も掛けて歩かねばならず、「一駅歩く」はまったく生温くない苦行と成り果てる。場所によっては健康になるどころか心身を阻害しかねない。
私の現在の住処は家賃を抑えるため、そして人込みが苦手で人口密度は低いほうが好みなので都心から離れているが、それでも隣の駅くらいであれば20分もあれば辿り着ける。よって一駅歩く間にも色々と何かしらは見ることができる。徒歩圏内ですら充分に何かしらがあるのが都会の強みなのだろう。
そんなわけで観光がてら街の北側を2時間ほど歩き、いくつかの駅前にも行ってみた。
特に何も考えず13時頃に家を出たせいか、晴天の太陽に焼かれてとにかく暑い。普通に考えれば一日で最も暑くなる時間帯に散歩を始めるなんて正気の沙汰ではないが、もともと正気ではないので仕方がない。
細かい道や複数の大通りを含めて北側を数往復した頃には立派な汗だくの成人男性が完成した。さすがに10代の頃の元気は失っており2時間も歩けばそこそこの疲労感だ。まったく立派ではない。
そろそろどこかで座って休もうか。いや、中途半端な時間だが食事を取ってしまおう。どうせ休日だ、腹が空かないだろうから夕飯は食べなければいい。
偽りの二択
タラタラと駅前まで歩き、適当な飲食店を探す。駅前がそこそこに栄えている街を引越し先に選んだため飲食店は選り取りみどりだ。その中でも以前から少し興味を惹かれていた、小道にある小さなカウンターしかないつけ麺屋に入ってみることとした。相変わらず前評判は調べていない。ハズレだとしてもそれはそれで面白い経験だろう。
店の入口には年季を感じさせる食券機がある。この手の食券機は左上がその店の看板メニューであることが多いため、迷うことなく左上のつけ麺を選んで食券を購入する。初見の店では看板メニューを食べたい派なのだ。この方針は何よりメニューを選ぶ手間が省けるのが楽で良い。
食券を渡すと気の良さげな明るい店主が問いかけてきた。
「毎度!中盛りと大盛り、どっちにするかい?」
元々私は大盛り無料でも普通盛りを頼むタイプの人間で大食漢とは真逆の存在だ。さらには歩き回って疲れているのでそんなに量は食べたくない。迷うことなく私は中盛りを依頼した。
ところが、カウンターに座り目の前に貼られた紙を読んでいると、何やら少し不安な文言を見かけた。
「小盛りでも多い方にはさらに少なくすることも可能です」
ふむ・・・ふむ?
この表現はつまるところ小盛りでも普通の店よりは多い可能性があるのでは?
慌てて首を振り店内を見回してみると、麺の量について言及している張り紙を見つけることができた。
茹でる前のつけ麺は並盛りで200gが一般的だと言われているらしい。そのグラム数を基準とするとこの店は小盛りで1人前、並盛りで2人前、中盛りで2.5人前、大盛りで3人前、そしてさらには4人前、5人前まで選べるようだ。
罠だった、騙された。
中と大の二択を提示されたからそこから選んでしまった。もっと他に選択肢があったというのに。あれは偽りの二択だったのだ。今からでも並か小にしてもらいたいがもう遅い。
すでに麺は投げられた。そう、鍋の中に。
戦々恐々としながらつけ麺の提供を待っていると、案の定出てきたのは暴力的なまでに大きな器に盛られた2.5人前のつけ麺。
祖父の教育よろしく出された料理は残さないことを信条とする私は、少し疲労で萎えていた精神に喝を入れてつけ麺へと向き合うことにした。
これは食事ではない。
闘いだ。
結言
頑張りました。ちゃんと完食しました。
もちろん夕飯は不要でした。