極めて無意味な考察。
「期待」の曖昧さ
今年度から新しい部署へ異動してため職場の人間関係も一通り変わったのですが、色がやたらと違うため色々とカルチャーショックを受けています。
最近違いがあると感じたのは、直属の上司以外から「期待している」「期待されている」と言ったような言葉が時々出てくるところです。技術系の職場ではあまりそういった言葉は出てこなかったので、なんとも掴みかねています。
今の直属の上司も、昔の直属の上司も、わざわざ「期待」を口にすることはなく、何をいつまでにどうしたいからこうしてくれと具体的な「要望」を伝えてくれます。
ただ、技術系の職場にいた頃は直属の上司を飛び越えてそれよりも上の人がわざわざ「期待」を告げることはありませんでした。組織のピラミッドが厳密であり、「上司の上司」のマネジメント対象は「上司」のみで「部下の部下」にはあまり直接口を出さないのが慣習となっていたためです。
対して今は「上司の上司」やその上からも言葉で「期待」を時々言われます。
もちろんこれは所属している部署の差、組織構造における部署の位置の違いなのでしょうが、なんとも慣れません。
個人的な感覚として、「期待」はとても曖昧です。具体的に何をいつまでにどうするかが明確化されていないため、ゴールのイメージが上手く共有できません。
もちろん「部下の部下の・・・部下」の仕事を具体的にマネジメントしていない以上ある程度曖昧な表現を用いるしかないのだとは思いますし、技術系の職場ほどタスクを杓子定規に数値化し難いのは分かるものの、その言葉に慣れるにはまだ時間が掛かりそうです。
後払いのリスク
「期待」が実際どんな意味をもつかは言葉を発した当人にしか分かりませんが、その期待が事実だとしても個人的には今時の時間感覚からズレていて、少し取り扱いが難しいものと思っています。
上からの期待とは要望です。その要望に応えたら昇給や昇進などの恩賞が施されるとして、それはつまりツケ払い的なサムシングだと言えます。要するに後払いです。
日本のビジネス慣習としては、商品と請求書を発行して、後から銀行振り込みをするような流れによる後払いが一般的です。
対してBtoCの小売りは先払いが多く、最近では飲食でも食券による先払いが増えています。
要するに消費者の立場からすれば先払いが日常的な体感にありますので、後払いである「期待」と「褒賞」にそこまで納得感が湧かなくなっているのではないか、そんな無駄な考察をしています。
さらに事例を挙げれば、「期待」ではなく「実利」を先払いして動かすこともあり得る話ですし、優れた人材を高給で迎え入れる求人は先払いのようなものでしょう。それに比べれば後払いの「期待」はスピードが遅く、今時の人間には少し刺さりにくいのかもしれません。
なお、金銭等は持っている側が有利なものであり、先払いは払う側がリスクを抱え、後払いは払ってもらう側がリスクを抱えます。
「期待」は後払いであり、期待される側が利益を得られないリスクを抱えることになるので期待する側のほうが有利なやり方です。
その点からしても、コスト意識の強い現代人には後払いの「期待」は刺さりにくそうです。
結言
これが御恩と奉公の時代であれば、と思いましたが、よくよく考えると御恩と奉公ですら御恩が先であり奉公は後です。
そう考えるとやはり後払いの「期待」は少しズルいような気がしてしまいます。