議論はとても難しい。
議論が成立するための条件
民主的な集団において意思決定を行う際には話し合いが不可欠です。
ただ、一口に話し合いと言っても様々な形態があります。例えばコミュニケーションを取ることを目的とする会話、それぞれの主張や価値観を共有し合う対話、具体的な方策を検討して双方の合意を目指す議論、などです。
意思決定においては話し合いの深度を議論まで深める必要があり、話し合いの深度を深めて議論を行うためには様々なハードルを越える必要があります。
まずは【目的の明確化と共有】として、テーマや辿り着くべき目標が明確となって参加者全員がそれを理解していることが不可欠です。なにを目的とし、なんのために議論を行うかが共有されていないと話し合いは容易に空中分解します。極端な話、より良い成果を求める人と口論を楽しみたい人が議論を続けたとしても噛み合いません。
話し合いには【共通の土台】も必須です。前提となる事実関係や価値観を共有していなければ議論の収集が付かなくなります。
少し厳しい現実ですが、価値観の共有は不可欠です。異なる価値観同士でも対話までは可能ですが、議論においては同じ価値観同士でなければ目的の共有が果たせなくなります。
最低限、対立しないことを是とし、合意を得るためには多少なりとも妥協することを許容する価値観を共有していなければ議論は成り立ちません。宗教や思想において議論が成立し難くなるのはこの共通の土台が無く、双方の妥協ではなく一方的な譲歩を求めるばかりとなるためです。
【理解と尊重】も議論には必要です。他者を見下して啓蒙しようと考えたり、他者の言い分を聞かないような態度では議論どころか対話すら成り立ちません。議論においては互いの理解と尊重が無ければならず、受け入れ難くとも、共感し難くとも、感情を脇に退けて相手を尊重する、生物にとって不自然な心の運びを参加者は訓練によって身に付けておく必要があります。
【論理の称揚】も議論に必要な条件です。
議論では論理の正誤を積み重ねることが必要で、感情の善悪や大小を比較する行為ではありません。よって主張は事実に基づいた論理的なものでなければならず、個々の感情よりも議論の成立と目的の達成を優先することが誉めそやされる必要があります。
これは感情を捨てろということではなく、感情に起因する主張であっても適切な論理に加工して出力しなければならないとした意味です。人間である以上感情は当然存在するものであり、しかしそれを議論へ持ち出す場合はちゃんとひと手間加えなければなりません。
結言
つまるところ、議論が成り立つためには参加者の強固な自己主張と苛烈なまでの無私が前提です。綿密に練り上げた”私”の意見を”私たち”のものとして無償で提供し合う行為が議論であり、利己主義とは真逆だと言えます。
そのような相反する仕草を両立するには一定の訓練が必要であり、議論が成立するためのハードルは相応に高いでしょう。
余談
SNSなどで議論が成立しないのは自然なことです。
それぞれが異なる目的を持ち、価値観の擦り合わせもせず、尊重は疎らで、論理と感情が混在しています。そしてこれらを調整するための機構やファシリテーターも存在していません。
SNSは本質的に議論を行うことに適したツールではなく、議論が成り立つのは相当にレアケースだと言えます。議論をするならば議論に適した場所で行いましょう。