忘れん坊の外部記憶域

興味を持ったことについて書き散らしています。

ノートをとるのが下手

 

 出張に行く際、数回に1回はノートを忘れます。

 基本的にはパソコンでメモを取っているのでそこまで困らないのですが、パソコンを使ってプレゼンをする時などはメモ用にノートが必要なので稀に困ります。

 稀にしか困らないせいで時々忘れるのかもしれません。

 やむを得ず移動途中にあるコンビニでノートを買っているため、数ページしか使っていないノートが何冊も手元にあります。もったいないお化けが出そうです。

 

 あ、どうせ使っていないノートなら鞄へ常に入れておけばいいんだ。そうすれば忘れることもなくなるだろう。

 と、ようやく気付いたのが今日です。

 自分のお馬鹿さん度合いには時々驚かされます。

 

揮発性メモリ的ノート

 私はノートにメモした内容をその日のうちにパソコンで起こします。

 何故ならば私のノートは揮発性メモリだからです。

 

 何を言っているんだという話ですが、困ったことに私の字はとても独創性が高く、可読性・視認性・判読性のいずれも著しく劣ることを特徴としています。

 もう少し分かりやすく言えば、とても字が汚いです。

 

 時間を掛けて丁寧に書いた文字であれば辛うじて人様から文字列であると認識いただける程度の文字は書けますが、会議のメモなんて走り書きであり、書いた当人ですらノートに書いた文字を翌日には読めなくなります。

 さらに言えば、私のメモはとても断片的です。文章としての体裁が整っていません。

 よって私のノートは「その時に話した内容の記録」ではなく「その時に話した内容を想起するためのトリガー」でしかありません。

 例えばノートに『A』と認識できる文字列があれば、それは『Bの状況ではCがDとなるので対策としてAをして欲しい』といったような会話をしたことを意味してします。他の部分は読めませんし、そもそも書いてない場合すら多々ある始末。

 そりゃあ記憶が薄れる前に、文字が読めるうちに、さっさとパソコンに書き起こしておく必要があるのも道理です。

 

言い訳

 学生の頃からノートをとるのが下手でした。

 会話が認識できていないわけではないようです。パソコンでメモをとる時はちゃんと内容を要約して文章で議事録を起こすことができます。

 しかしなぜかノートでだけできません。

 

 恐らく手で文字を書く行為が不得手なのでしょう。その辺り、何かしら子どもの頃のトラウマなどがありそうです。でも深く考えると心の闇が見つかりそうなので、あえて見て見ぬふりをしましょう。

 あの時のアレやあの時のソレなどが思い当たる気もしますが。少なくとも良い記憶は一つも浮上してこなさそうです。

 

結言

 これからも、手書きは避けてなるべく電子機器に頼って生きていく所存です。

 そんな、後ろ向きにポジティブな雑談でした。

 ポジティブだろうか?