忘れん坊の外部記憶域

興味を持ったことについて書き散らしています。

平和外交と軍事力は排他的な関係ではない

 

 時々ですが、次のような見解を見かけます。

「中国と対等になるだけの軍事力・経済力は日本にはない。食料や資源も不足している。だから日本は平和外交しか道はない、軍事への支出は無駄だ」

 平和外交を推進することには同意するものの、それは軍事力と排他的な関係ではないと私は考えます。軍事力を持っていても平和外交をすればいいわけで、0-1で要否を判断するものではないはずです。

 平和外交をより推進するために、少し私の考えを整理してみます。

 

日本と平和外交

 まず、地政論的な現実と資源の制約を踏まえれば平和外交の方向性自体は妥当な判断です。日本の国土や資源環境を考慮すれば外征するだけの能力を持つことはできません。植民地を持てば多少は長躯も可能でしょうが、それは過去に大失敗していますので同じ轍を踏むことはないでしょう。

 海外へ軍事力を安定的に投射できる能力を持った国は現代ではアメリカくらいであり、中国ですらそれはまだできていません。そして日本は防衛すら怪しいレベルであり、他国の大規模な軍拡に単独で競い合える要素はないと断定してもいいかと思います。

 さらに言えば、食料・エネルギーなども輸入に依存していることから持久戦は厳しく、そもそも輸入資源を獲得するためには政治経済の分野で協調・連携路線を取る他ないことからも平和外交路線を選択することは妥当な考え方ですし、正直なところ他に道はありません。

 

反対意見にも理はある

 ただ、否定的な意見も充分に留意する必要があります。

 軍事力のバランスについて、過去にも軍拡競争の論文を紹介したことがありますが、一方が軍拡を行っている場合にもう一方が軍拡競争へ乗らない場合は軍事的緊張がむしろ高まる結果をもたらします

 緊張緩和に必要なのは双方協議の上での選択的な軍縮であり、よって「足りないから無意味」と調整もせずに軍拡競争から降りるのは「我々は諦めました、どうぞ侵略してください」と他国へ誤ったメッセージを送ることになりかねません。

 

 そもそも国家を単独で比較することは無意味です。抑止力は集団安全保障の枠組みで考える必要があります。

 他の国と手を組んでいればいざという時に団結して大国と競り合うことが可能ですし、そうやって戦争勃発を防ぐことも一種の平和外交です。だからこそ大国以外の国々も同盟を結ぶために最低限の軍隊を保有しており、集団安全保障を図っています。

 極論ではありますが、軍事力で敵わない相手には従うべきだとした理屈を採用することは、現時点で世界最強のアメリカが世界中を支配することに同意するようなものです。なんと言いますか、それは国際関係論的にはたしかに妥当な平和、覇権安定論ではありますが、平和外交路線とは少し違うような気がします。

 

 要するに「軍事力では敵わないから平和外交をする」とした論理立てでは不足です。それは暴力の大小を基準とする思想に他ならず、あまり平和的な考え方ではないでしょう

 それよりは必要な分だけの軍事力を持ちつつ、各国と協調路線を取り、しかし軍事力を行使しない選択として平和外交を基軸とする、そういった言い回しや方向性のほうが反対意見を内包しつつ平和外交をさらに推進しやすくなるかと思います。

 

結言

 あまり人聞きの良くない表現とはなってしまうのですが、「足りないのだから全部いらない」とデジタル的に0-1で判断することはないと思っています。軍事力は有り過ぎてはいけないものですが、ゼロでも困る類のものです。ちょうどいいところは0-1の間のどこかにあります。

 

 少なくとも、諸外国には平和的外交を是として実際に軍事力を行使していない国々はたくさんあります。それらの国々に対して「お前らは軍事力を持っているから平和外交ではない」と否定することはおかしな理屈となるでしょう。

 要するに平和外交と軍事力は排他的な関係ではなく、平和外交とは軍事力の有無ではなく行使しないことに真髄があると考えます。