日々の忙しさにかまけて完全に見逃すところでした。
この記事で1600記事目、すなわち1600日連続投稿となります。
さあ、慌てて区切りの記事を書くとしましょう。
関係ない話
1600はそこまで感慨深くなるほど区切りの良い数字でもないため、少し悩ましいところです。
平方数だと考えると40の二乗ですのでそこそこ良い数字かもしれません。100毎に区切っている当ブログとしては、次に平方数のタイミングとなるのは2500まで待つ必要があるのですから。
要するに1600は、取り扱いに困る数字です。今困っています。
なにかを1600から連想するならば、やはり関ヶ原の戦い、バトル・オブ・セキガハラを連想すればいいでしょうか。
しかし日本史に疎い私としては関ヶ原の戦いについて具体的なことはあまり知らなかったりします。東軍が徳川で、西軍が毛利や石田で、小早川たちが裏切って島津が敵中突破をした程度の、まあ要するに何も知らないに等しいレベルで無知です。
そろそろ真面目に日本史を勉強せねばならぬと思いつつも、先延ばしの悪癖が続いております。学べば面白いことは分かっているのですが、なんともはや。
書き続けることのメリット
一応は継続してきたことに関する記事ですので、ブログを継続することのメリットでも挙げてみましょう。
特に新しいことは言えないですが、まあ何かの参考になるかもしれません。
■知識への昇華と客観化
情報(information)は分析・活用されなければ知識(knowledge)になりませんが、情報を知識へと昇華させるためには言語化が不可欠です。つまり日々の思考を言語化して整理しているだけで情報を知識へと構造化する簡単な訓練となります。
また、言語化とは他者に通じる言葉へと思考を翻訳する行為でもあり、客観化を習熟することも可能です。
■表現力・語彙力の向上
日々文章を書くことで言葉選びや文体の工夫が自然と身に付きますし、読者を意識することで伝える技術が磨かれます。
と、一般的には言われているような気がしますが、これは眉唾です。文章は惰性でも書き続けられますので、ちゃんと表現力や語彙力を高めようと創意工夫しなければ向上しないと思っています。
■自己理解の向上
日記的なことや日々の思索を書いていると、書いた内容が自分の内面や関心の履歴となります。それはつまり過去や現在の自分を客体化して対話しているのと同義であり、自己理解の向上へと繋がることでしょう。
■習慣化自体への慣れ
何事も習慣化は難しいことであり、習慣化自体に慣れが必要です。もちろん「文章を書くこと」が難しい人も居ますので万人におススメできる方法ではありませんが、お手軽に始められる習慣化の一つとして日記やブログは試してみる価値があるでしょう。
■創造力の向上
アイデアは降って湧いてくるものではなく、日々の蓄積と継続によるものです。毎日ブログを書いていると何かしら「気付き」を探す習慣ができますので、その「気付き」が思いがけない発想に繋がり創造力を高める効果をもたらします。
それに、「気付き」がある日常は少しだけ面白いものです。
以上です。
もちろん万人におススメできるわけでもなく、デメリットすら提示しない誇大広告ではありますが、まあ趣味の一つとしてはそこそこに魅力があるのではないかと思っています。
言語化が少しは上手くなったかと利点を紹介してみましたが、そんなに成長していないような気がしました。
結言
未だに収益的なことをまったくやっていない純然たる趣味ブログではありますが、気付けば4年以上、1600日連続で続けてきました。
毎度述べているように、続けていることが偉いわけではありませんし、長ければいいというわけでもありません。
しかし、日々の健康が安定していることや、仕事や生活が「書く余白の時間」を許してくれていること、周囲の人々が直接的でなくとも穏やかに支えてくれていること、そして読んでくださる方々が静かな励みになっていること、そういった環境に感謝をしたいです。
今後も書ける範囲で好き勝手に書き散らかしていきますので、どうぞお目こぼしを。