忘れん坊の外部記憶域

興味を持ったことについて書き散らしています。

戦争を終わらせる夢のような解決方法があればいいのにね

 
 先日、古巣の職場に出かけた時の雑談。


後輩「どうすればロシアとウクライナの戦争は終わりますかね?」

私「それが分かれば俺もノーベル平和賞が貰えるんだけどね」


 難しいようで簡単で、でもやっぱり難しい話です。

 戦争の話は常に不快の空気を漂わせます。それは避けてもいいですし、向き合ってもよいでしょう。

 

目的は正確に

 実は戦争を終わらせることを目標とするならば話は簡単です。

 西側諸国がウクライナへの支援を止めれば、半年も掛からずに戦争は終わるでしょう。

 

 これは別に嫌味やジョークではなく、目的の認識が大切であることを伝えるために分かりやすい表現だと考えています。

 戦争とは手段です。何らかの目的を達成するために行われるものであり、戦闘で勝利しても目的を達成できなければ敗北ですし、その逆も然りです。それこそ孫子が述べるように「百戦百勝は善の善なるものに非ざるなり。戦わずして人の兵を屈するは、善の善なるものなり」であり、戦争をせずに目的を達成することが理想形となります。

 言い換えれば、戦争それ自体は事象であり、フォーカスすべき課題は別です。雨が降っている時に、雨が降っていること自体へ対策を取ろうと考えることはしないように。

 

 ウクライナに寄り添う私たち西側諸国では「ウクライナの敗北でいいからとにかく戦争を終わらせるべきだ」と考える人はそう多くないでしょう。

 私たちはそういった形での戦争終結を根底では望んでおらず、すなわち実際にフォーカスすべき課題は戦争それ自体ではありません。可能であればウクライナの勝利、妥協的であれば今後の被害の最小化などが私たちの目的となります。

 戦争終結は選択肢の一つであり、極端な話、国境でファニーウォーができるならばたとえ戦争が終わらなかったとしても成功です。

 

次善の策を見極める芸術

 大雑把ではありますが、ロシアとウクライナの目的と目標を整理してみましょう。

 ロシアはなんだかんだと大義名分を掲げてはいますが、領土的野心、すなわち緩衝地帯の獲得が主軸です。それ以外の話は動機付けに過ぎません。

 よって目標の優先順位としては「ウクライナのNATO加入阻止」「クリミア編入の国際的承認」「実効支配地域の権限確保・傀儡化」「ウクライナの非武装化」あたりとなるでしょう。

 対するウクライナとしては生存権も含めた最大限の人権保護が目的です。それを失っていいのであればそもそも戦争をする理由もありません。

 よって優先順位としては「主権と独立の維持」「安全保障の確保」「ウクライナのNATO加入」「領土の全面回復」の順です。

 

 ロシアとしては国土に対して縦深を確保することが目的であり、ウクライナの全面支配は狙ってはいません。それをやったら結局NATO加入国と隣接してしまい縦深の確保とならないためです。逆に縦深さえ確保できるのであればそれ以外は妥協の余地が多少あり、ソ連時代からの伝統芸能である傀儡・衛星国化の範囲が交渉対象とできるでしょう。

 しかし将来的な領土の再編成を見据えてクリミアの権益は他の地域よりも強く主張されるものと考えられます。

 ウクライナの非武装化はそれ以外の手段によって安全保障が確保されるのであればロシアにとって必須項目ではありません。

 

 次にウクライナとしては、Freedom Houseが報告しているようにロシアに占領された地域はウクライナ人が劣悪な環境へ晒されていることを考えれば、主権と独立の維持を最優先とするのは目的に沿っています。

 NATO加入は優先度の高い目標ではありますが必達目標ではありません。他の手段で安全保障を確保できるのであればNATOでなくともよいためです。

 領土の全面回復は当然要求する項目であり、しかしそのために戦火が広がってウクライナが滅ぶようでは本末転倒ですので優先順位は下がります。

 

 よって模索可能な妥協点としては、次の点を調整する必要があります。

  • 【ウクライナのNATO非加入】と、そのバーターとしての【ウクライナの安全保障確保】をどう担保するか
  • 国際的に承認しようがない以上、ウクライナ側が主権を放棄する形での【クリミア支配の暗黙的承認】が可能か
  • 現状の実効支配地域に対して【ウクライナの主権と独立の維持】と【実効支配地域の権限確保・傀儡化】をどう地図上に線引きするか

 特に最後は「速やかに戦争を終わらせる」のであればウクライナに不利なディールを呑む必要がありますし、「領土を広く保つ」のであれば兵器と人命をつぎ込んで戦線を押し戻す必要があります。

 

 もちろん「侵略国家の企図を僅かでも達成させるべきではない、ウクライナの目標を全面的に達成するため延々と戦争を続けるべきだ」とした考えを持つことも、或いは「ウクライナ人がどれだけ将来に犠牲を払うことになってでも戦争を直ちにやめるべきだ」と考えることもよいでしょう。

 今回は『次善を見極める芸術』であるところの政治的な見方を提供しただけであり、信念や信仰に依拠して物事を判断する自由が人にはあります。

 

結言

 正直なところ、「どうすればウクライナでの戦争は終わるか」は凄く嫌な質問です。

 そのための政治的妥協は模索可能であり、実際に戦争を終わらせたいのであれば一番現実的な方法を模索できます。

 しかしそれを語ると「侵略者に利する気か」と言われかねないため、現実主義者にとっては損です。

 ロシアを利さない形で速やかに戦争を終わらせる方法なんて、それこそ核戦争で世界のあちこちを更地にして世界中の継戦能力を無くすくらいしかなく、それが無理だから止む無くエスカレートを避けつつ長期戦をしているというのに、それを口にせず現実主義路線を批判するのは卑怯でしかないと思っています。

 高い理想を持っていれば他者よりも尊くなれるわけではなく、その理想を実現して初めて賞賛されるべきであり、結果がまだ伴っていない理想主義者は己が途上の身であることを謙虚に受け止めるべきです。

 

 そして、夢のような解決方法は、残念ながらありません。