SNSを見るときは、明るい部屋で、離れて、良い色眼鏡をかけて見よう。
SNSを観察する必要性
社会問題を理解するにはSNSでの騒乱を無視することはできません。良くも悪くも社会問題を議論する最前線の場がSNSとなっており、無名の評論家から著名な学者まで幅広くバトルに参戦しているためです。
もちろん議論にわざわざ参戦する必要はありませんし、そもそもSNSでの議論は参加者が出入り自由で議論の前提も目的も整えられていない議論未満の地獄ではありますが、社会問題の現状と世論に関する情報を収集するためにはSNSの観察が不可避と言えます。
色眼鏡のパターン
深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ
とはニーチェが言った言葉ですが、現代の深淵であるSNSを覗き込むときには重要な言葉です。迂闊に覗き込んでは汚染されかねず、地獄の釜へ落ちないよう慎重に覗き込む必要があります。
今回は地獄の淵へ立って深淵を覗き込むときの注意事項、色眼鏡の種類を考えてみましょう。
色眼鏡とは『物事を先入観や偏見をもって見る』ことを意味する慣用句ではありますが、深淵を覗き込むときはむしろ先入観や偏見を持って直視しないことも重要です。太陽を見るときはサングラスをかけたほうがいいように、見るものによって適切な色眼鏡を用いましょう。
まずは【観察の視点を意識する】ことです。
SNSは二項対立的な意見が跋扈していますので、どちらの視点へ立つかで見えるものはまったく変わります。視点をコロコロと変えることで、自分が何を見たいのか、何を見たくないのか、どう情報が偏っているかに気付くことができるでしょう。まずは今自分がかけている色眼鏡を確認すること、これが入口です。
次に【文脈を確認する】習慣を持つことです。
SNSの投稿は断片的で、背景や前提が省略されていることが多いため誤読や過剰反応が生じやすくなっています。本来は「誰が言ったか」ではなく「何を言ったか」が重要なものですが、SNSではあえて色眼鏡をかけて発信者の過去の発言や引用元の見解などを都度確認して「誰がどのような意図を持って発信したか」を調べる習慣をもったほうが無難です。
【情動的共感の遮断】は特に重要な色眼鏡です。
SNSはある種の感情伝播装置であり、怒りや恐怖が高速で拡散していきます。観察者は観察対象の感情に巻き込まれてはいけませんので、感情的な見解を意識的に遮断する色眼鏡が必須です。罵倒や煽りはノイズであり、論点が明確で論拠のある主張だけが拾うべき必要な情報となります。
時々、罵倒や誹謗中傷を「個人の感想であり自由だ」と言う方もいらっしゃいますが、まさにその通り、そういった言葉は個人の感想に過ぎないので、色眼鏡を使って無視していいノイズです。
最後に、【観察者であり続ける選択】が必要です。
SNSは人々の反応を促す設計、つい意見を発信したくなる刺激に溢れています。しかしそれに反応してしまうと観察者としての立場を失い、色眼鏡を変える自由が無くなります。他者よりも優れた賢い知見を開陳することが知的行為だと人は考えがちなものですが、沈黙は金であり、見て・考えて・あえて黙る選択を取ることもまた知的な行為です。
結言
うっかり覗き込むとあっさり引きずり込まれる泥沼ではありますが、SNSを無視して社会問題を理解することはできません。
もちろん誰もが覗き込むべきものではないでしょう。わざわざリスクを取って探検をする必要はありません。
そう、これは危険な探検であり、冒険へ旅立つのであればちゃんと準備をしていきましょうといった、それだけの話です。