忘れん坊の外部記憶域

興味を持ったことについて書き散らしています。

リアリズムとリベラリズムから見る台湾海峡の軍事的緊張

 

 一度整理しておきたかった話題として、台湾海峡の軍事的緊張をベースに、安全保障に関する考え方の違いをまとめてみます。

 

安全保障論の二大思想

 安全保障に関する理論は大きく二つの思想に分けることができます。

 一つはリアリズムで、もう一つはリベラリズムです。

 前者は抑止力や軍事力を重視し、後者は対話や国際協調を重視します。一方が正しくもう一方が間違っているといった類のものではなく、国家や平和に対する考え方の違いに根差しているだけです。

 

 これらの思想で特に対照的なのは脅威の認識と対処の方法です。

 リアリズムでは「現実的・構造的」な脅威を重視し、「軍事力・同盟・抑止」によって脅威の実際化を防ごうと考えます。

 リベラリズムでは「誤解と不信」が緊張を生むと考え、「外交・信頼醸成・国際法」に基づいた脅威低減が是とされます。

 

 リアリズムによるバランス・オブ・パワーが成立していた期間は世界の紛争が縮小しましたし、EUやASEANなどの地域安定にはリベラリズムによる対話が大きく貢献しました。リアリズムとリベラリズムは時と場合に応じて使い分けるべき両輪のような関係にあると言えるでしょう。

 

台湾海峡においてはどちらか

 台湾海峡における軍事的緊張は「構造的」なものか、或いは「誤解と不信」によるものかと言えば、これは構造的な性質を強く持つと言わざるを得ません。根本的には中国の戦略的・制度的な動機に基づいているためです。

 諸外国の分析や見解は推測を含んでいますので、中国政府自身の公式見解を見てみましょう。

 中国政府が2022年に発表した公式文書『台湾问题与新时代中国统一事业』によると、台湾統一を求める理由は「民族復興」「歴史的・法理的根拠」「国家主権の完全性」「平和統一の展望」といった「構造的」な理由に集約されます。台湾に対する「誤解や不信」は含まれません。

 また、その中では武力行使の可能性を明確に示唆しています

 該当箇所を抄訳してみました。

我々は、誠意と努力をもって、平和的統一に向けて引き続き努力する用意があります。武力行使を放棄するものではなく、必要なあらゆる措置を講じる選択肢を留保しています。これらの措置は、外部からの干渉や、ごく少数の「台湾独立」分裂勢力とその分裂活動に対抗するものであり、台湾同胞を標的とすることは決してありません。非平和的手段は最後の手段です。「台湾独立」分裂勢力や外部からの干渉勢力が我々を挑発し、威圧し、あるいはレッドラインを越えるような事態に陥った場合、我々は断固たる措置を取らざるを得ません。我々は、外部からの干渉や「台湾独立」に関わる重大な事態に対し、非平和的手段やその他の必要な措置を通じて常に万全の備えを整え、祖国の平和的統一の展望を根本的に守り、平和的統一のプロセスを前進させることを目指します。

台湾问题与新时代中国统一事业_白皮书_中国政府网

 

 中国政府が公式発表で「武力行使を放棄するものではなく、必要なあらゆる措置を講じる選択肢を留保しています」と明言している以上、緊張原因を「誤解と不信」に帰するのは無理があるでしょう。これは明らかに「構造的」な脅威です。

 そして脅威が「構造的」に起因する以上、"今回"適切な対処策はリアリズムが主軸です。周辺諸国は誤解せず、武力行使の選択肢を中国が取らないように抑止を図る必要があります。

 

 もちろんリベラリズム的手法が無意味なわけではなく、偶発的衝突や誤算を避けるための外交努力や信頼醸成は不可欠です。台湾海峡の軍事的緊張において「誤解と不信」は根本原因ではありませんが、加速因子にはなっているためです。

 さらに言えば、双方の戦力均衡状態が「誤解」された場合は開戦事由になり得ます。

 しかし、リベラリズムだけでは"今回"は足りません。

 

綱引きが重要

 台湾海峡における軍事的緊張に対する日本の立場としては、大まかに積極派と慎重派に分かれるでしょう。アクティブに抑止を図るべきだと考える人もいれば、エスカレーションを避けるためにも慎重であるべきだと考える人もいます。

 ただ、本質的に双方の目的は同じです。「戦争は最終手段であり、外交と抑止が優先されるべき」「台湾の現状維持こそが地域安定の鍵」などは合意できるポイントかと思います。そのために必要だと考える手段に差があるだけです。

 

 台湾海峡の問題に限らず多くの問題に対して必要な考え方ですが、同じ問題意識を持っており、別々の方法を取るべきだと考えている二項対立的な集団がそれぞれ主張し合って綱引きをしている状態は、ある意味で理想的な状態です

 なにせ、いかなる手段であっても過度であってはなりません。抑止のためだと無制限に軍事費を増加させていけば当然エスカレーションが生じて地域が不安定化しますし、逆に外交一本に絞って軍事費を下げれば同様に戦力不均衡が生じて戦争リスクが高まります。

 双方の意見が綱引きをし合ってバランスの良い落としどころを見つけること、さらに言えば片一方の主張が過剰とならないように反対側へカウンターウェイトを置くことが重要であり、そのためにはリアリズムとリベラリズムの双方が意見を出すことに意味があります。

 

結言

 前述したように、リアリズムとリベラリズムは両輪の相互補完的なものです。重要なのはそれぞれ異なる意見を適宜比重を変えつつ両方用いることであり、軍事的均衡と外交的対話が並立して機能することで偶発的な衝突を避けて地域の安定化を図ることができます。

 紛争抑止の歴史的な成果である冷戦はまさにそうであったことを、私たちは深く留意する必要があるでしょう。

 

 

余談

 個人的な違和感として、リアリズムを重視する人の中でリベラリズム的な対話を全否定する人はあまりいないと思うのですが、リベラリズムを重視する人は戦力均衡などのリアリズム的な観点を全否定する人がいるように思います。

 リベラリズムの観点からすれば国家は一匹の竜ではなく多頭の蛇であり複数の意思決定機関が存在するものなのですから、両方やればいいと思うのですが。

 

 恐らく道徳の直観に違いがあるでしょう。

 リアリズムは道徳的相対主義に近く、「力は中立的な手段」として扱います。よって「侵略に用いる軍事力は悪」で、「防衛に用いる軍事力は善」です。

 対してリベラリズムは道徳的普遍主義に立ち、「軍事力=悪」「対話=善」と考えるため、リアリズム的な軍事力の捉え方を拒絶するのかと思います。

 もちろんリベラリズムを優先する人が全てそうというわけではなく、それこそスマート・パワーを提唱したジョセフ・ナイのようなリベラリストもいますので一概には言えないのですが。