『彼を知り己を知れば百戦殆からず』、と申しますように。
まあ、結論としては『百戦百勝は、善の善なる者に非るなり』ですが。
動機はさておき目的は理解する必要がある
台湾海峡の軍事的緊張に関する話題が延々とニュースで流れ続ける昨今ですが、個人的にどうにも不思議に思う点があります。
それは中国側の視点が欠けていることです。
なぜ中国が台湾を一つの中国としてまとめたいのか、その力点をちゃんと理解していないと周辺諸国である私たちも適切な対処を行うことはできないでしょう。
もちろん権威主義国家における"動機"はさほど重要ではないかもしれません。
議会での議論と承認が不可欠な民主主義国家と違ってトップがああしたいこうしたいと指示すれば全体がそれに向かって動き出す権威主義国家では、いつ何をどうするかは指導者の気分次第なのですから。
とはいえ現代の中国は単純な権威主義国家とも言い切れない構造を持っており、トップが好き放題できるような組織でもありません。どのような動機であれ何かしら国家的な行動を起こすためには"目的”を明確にして党の合意を形成する必要があります。
つまり、動機はさておき目的は重要であり、そして中国の目的は自ら公表しているように比較的明白です。
まあ、昔から中国は「おっきな中国」が大好きで、とにかく一つにまとまって巨大化してその後に崩壊して分散して戦乱をした後にまたくっついてを繰り返している地域ですので、台湾に関してもそんな文化習俗的な理由で一つになりたいと思っているのかもしれませんが。
とはいえそういった動機だけでなく、目的もちゃんとあります。
中国の目的
まずは歴史的・民族的正当性が目的の最たるところです。
国家の統治には正当性が欠かせません。王権なり宗教的権威なり民衆の支持なり国際社会の承認なり、様々な論拠を持って『権力を行使することの正当性』を主張する必要があります。
現在の中華人民共和国はまだ統治権力としては歴史が浅いです。
そして戦前の中国は様々な軍閥によって分割統治されていた地域のため、それこそ国共内戦の二大派閥に留まらず「我こそが中国の統治者なり!」と主張する勢力が多々存在していました。
よって中国共産党としては国際社会に認められた「一つの中国」における合法政府であることが決して捨てられない正当性の論拠となっており、台湾の存在はそれを揺るがしかねないため、中国共産党としては台湾政府の排除が必須です。
国内政治と経済も無視できない比重を持っています。
巨大なGDPに目をくらまされがちですが、中国の一人当たりGDPはまだまだ先進国に届いていません。そして当たり前のことですが、生活を良くしてくれない政府を国民は支持しません。
よって中国共産党としては必死になって国民生活の向上を図らなければならず、経済停滞や不平等や社会問題からはなんとしてでも目を逸らさせる必要がありますし、外部へ敵を作ってそちらへ敵意を誘導することも当然行います。
これは中国共産党が悪いとかそういうことではなく、全ての政治権力は同じことをやっています。善悪で考えることではなく、政治権力の自然な習性です。
ここで課題となるのが地政論的な要因です。
歴史を見ても分かるように輸送力の大小こそが国家の規模を定めるのであり、歴史的な大国はほぼ全てシーパワーを掌握しています。
中国も同様、国民生活を向上させる義務を負っている中国共産党は今よりもさらに食糧やエネルギーを海外から輸入する必要に駆られており、そのためには外洋進出が不可欠です。中国政府にとって必然的に迫られている選択肢と言えます。
現状、中国の外洋進出はアメリカの勢力圏が蓋をしています。その網を抜け出して太平洋へ抜け出るためには日本・台湾・フィリピン辺りを自勢力圏に取り込むことが妥当な選択です。その中でも台湾が最も政治的正当性を主張可能な地域であることは明白かつ自然なことでしょう。
要約すると、単純に政治の点からしても台湾統一は必須であり、また経済的・地理的な理由からも台湾を勢力圏に取り込むことが中国としては避けられないと言えます。
何も善悪で考えたり陰謀や欲望を考慮するまでもなく、膨張する国家が自然と近隣諸国を圧迫する、ただそれだけの、ある意味で自然現象です。
もちろん圧迫される周辺国家からしたらたまったものではないのですが。
武力行使の可能性
これらの目的と理由から分かるように、実際のところ中国共産党としては台湾への武力行使を必ずしも必要としていません。台湾が言いなりになってくれれば十分であり、武力行使は下の下です。
この辺りはまさに孫子の兵法的に考えればいいでしょう。
『孫子曰く、凡そ用兵の法は、国を全うするを上と為し、国を破るは之に次ぐ。』
『軍を全うするを上と為し、軍を破るは之に次ぐ。旅を全うするを上と為し、旅を破るは之に次ぐ。卒を全うするを上と為し、卒を破るは之に次ぐ。伍を全うするを上と為し、伍を破るは之に次ぐ。』
『是の故に、百戦百勝は、善の善なる者に非るなり。戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり。』
軍を打ち破るのは下策も下策、可能な限り資源や組織を生かしたまま自軍の損害少なく手に入れるのが次善であり、外交や心理戦によって敵を降伏させることが上策です。
よって台湾が軍事力の差で折れるのを待つことが中国としては最善であり、急ぎ武力行使に逸る必要もないのが現状と言えます。実際に中国はそういった戦略を取っていますので、武力行使に至る可能性は低いでしょう。
ただ、これは抑止力が適切に働いている場合に限ります。
他国の介入が無く大した被害も無しに武力行使が成功する場合、中国としては「軍を全うして国を破る」、すなわち次善の策である武力行使が効果的なものとなるためです。
中国はその目的から台湾を手中へ納めることを避けられない以上、周辺諸国がそれを許容しないのであれば軋轢を生もうが武力行使を選択肢からは外せない、そういった構図です。
だからこそ各国は中国も含めて武力行使を必要としない均衡を保とうとしており、実際のところは誰も戦争をしたいとは思っていません。
願わくば、長くその均衡が保たれることを期待しますし、その努力は不可欠だと考えます。
結言
どうしても国際関係の話は「とても悪い国家」や「すごく悪い人」など善悪のフレームを用いて認識される傾向がありますが、実際の国際関係は基本的に自然の流れです。そうなるべくしてそうなるものであり、そこに個人の意思や見解なんて小さなものは介入する余地がほとんどないほどに全てが成り行きです。
中国の膨張だって、周辺諸国のそれに対する反発と防衛だって、別に善悪で捉える必要はありません。そうなるべくしてそうなっているだけです。
もちろんそのような歴史の波にただ押し流されることを良しと言っているわけではありませんが、現在を生きる私たちとしては、無理に流れへ逆らうのではなく、より良い落としどころになるよう流れの方向を模索することが大切だと考えます。