民主主義は完全ではないが、改善の余地がある。
不完全ながら、私もその一助となるよう愚考する。
あえて、無知での思索
先日いただいたコメントで「デジタル民主主義」のフレーズがありましたので、「そうだ、そろそろグレン・ワイルとオードリー・タンの『Plurality』を読まなければ」と思っています。忙しさにかまけて忘れていました。
ただ、せっかくなのであえて、まだ未読の現時点で、私個人が思い付く民主主義のアップデート案を考えて、記事にしてみましょう。
もちろん天才方が考える「デジタル民主主義」には到底敵わないでしょうが、今回の目的は"思索"であり、要するに私の趣味です。
多方面のディクタトル(独裁官)
民主制には様々な強み弱みがありますが、その中で最も克服が難しい課題は意思決定の速度です。民主においては全会一致まで熟議をすることが理想的ですが、災害や戦争、感染症や金融危機など緊急性と専門性が高い状況と領域では意思決定速度の遅さが問題となることがあります。そういった領域では即断が可能な独裁制にむしろ利があるでしょう。
テクノロジーによって熟議の速度を高めることは可能ですが、それでも即応性の向上には限度があります。民主的な単独の意思決定システムではこの課題を解決できません。
かといって、速度を上げるために民主制のメリットを全て捨てて独裁制を選ぶことも最適ではないでしょう。
よって意思決定システムを単独ではなく多重化することが効果的だと考えます。
即断が必要な領域では専門家による評議会へ一時的かつ限定的に権限を委譲し、専門家による政治集団が采配を振るえるようにすることで、民主制を維持したまま即応性を高めることが可能でしょう。
要するに、ある意味でのディクタトル(独裁官)です。共和制ローマが国家の緊急事態において執政官の上位に独裁官を任命したように、即断が必要な状況では即断が可能な意思決定システムを設置することが有効となります。
ただしディクタトルの仕組みそのままでは独裁者を生みかねないことから、意思決定者を個人ではなく少数の評議会とすること、意思決定領域を限定的とすることが肝要です。あくまで一時的な措置として事後確実に解消できるような制度設計が必要になります。
また、即断領域と熟議領域の区分、さらに各領域の優先順位は事前に明確な策定が必要です。どれだけ緊急性が高かろうとも教育や福祉などは従来の熟議型が引き続き担えるよう逆に権限を強化する必要がありますし、緊急事態であろうとも守られるべき優先順位は明確でなければなりません。人命尊重・最大多数の幸福・弱者保護などは即断領域が関与すべきでない部分であり、本質的価値として保護される仕組みが必要になります。
このように意思決定システムを多重化することで、民主制の弱点である"速度"を補いつつ”政治的正当性"の維持が両立可能になるかと考えます。
話し合い力、熟議力の向上
民主制では熟議自体の速度と効率を高めることも重要です。
これは人々の話し合い力、熟議力を高める他ありません。
その方法は長期的には学校教育の改善、中短期的には「市民アセンブリ」や「ミニ・パブリックス」など既存の市民参加型政策形成手法の支援が有効でしょう。
また、熟議に時間が掛かるのは価値観や利害の調整だけでなく情報の擦り合わせが必要になることが理由の一つです。各人が持っている情報のばらつきや偏りがあるため議論では調整に時間が費やされます。
ここはテクノロジーを活用すれば短縮が可能でしょう。
よく「SNSのテクノロジーは建設的な議論をできなくしている」と言われますが、逆に言えばテクノロジーは「建設的な議論を技術的に補助」することだって可能です。情報の集約と論点の整理、さらにはステークホルダーへの影響度評価などをテクノロジーで支援できれば、ポピュリズムに流されにくい熟議が素早く可能になると考えます。
民主的集中投資
独裁制の強みの一つは資金の集中です。たとえ多くの民が貧困に陥ったとしても資本を一部の分野や領域へ集中させることで国家として強みを作り出しています。
民主制ではそこまでドラスティックな運用は当然できませんが、ここでも意思決定システムの多重化を図ることで機動的な資本配分が可能になるでしょう。
要するに、国家の予算、資本ポートフォリオに市民参加型ファンドを追加することが意味を生み出すと考えます。
基本の予算は今まで通り国会で審議し、一部だけは市民参加型の運用ファンドが医療・環境・AIなどテーマを絞って集中投資先を定める仕組みです。
もちろん市民の思い付きで投資先を決めることは必ずしも上手くいくとは限りませんし、むしろ素人考えで失敗することのほうが多くなるでしょう。そのため、失敗しても致命的にならない程度の予算規模が妥当です。
主たる効用はどちらかと言えば市民参加型であることです。「御上の助成金を待つ」のではなく「市民が自ら助成金を設定する」ようにすれば、従来よりも真剣度や参画意識の向上に資するでしょう。
いずれにせよ、資本や分配の機動性が高まることは独裁制の強みを多少なりとも打ち消すこととなりますし、それに市民参加が両立できれば上々です。
意思決定の透明化
忘れてはいけないのは安全性です。
意思決定システムを多重化して独断的な判断を許容するのであれば、それには即時の公開説明と事後の独立監査、そして権限の自動失効が不可欠となります。それが無ければ権限を持つ人が独裁者となることは必定です。
いわゆる"説明責任"と言うもので、今よりも強い権限には今よりも遥かに強固な監視機構が付随しなければなりません。"速度"を出すために"安全性"を犠牲にすることは許容されず、ちゃんとした安全システムを据え付ける必要があります。
政治団体の多様化
人数が増えれば増えるほど必然的に熟議は時間が掛かります。
この解消は単純で、レイヤーを分割して一度の参加人数を減らす他ありません。時間を掛けて大きな民主主義を一遍にやるのではなく、小さな民主主義を積み重ねて合意形成を進めたほうが効率的です。
つまるところは中間団体の再興と多様化が必要だと考えます。
地域、自治体、企業団体、NPO、専門家コミュニティ、オンライン集団など、中小規模の政治団体による複数レイヤーでの意思決定を積み重ねることで中央政府の負荷を分散すれば、より速度のある意思決定が可能になるでしょう。一昔前であれば分散的な意思決定は非効率的でしたが、それは物理的な制約が大きかったためであり、現代であればテクノロジーが距離と時間の問題を解決可能です。
もちろんこれらの集団は中央政府と同様に透明性と説明責任を負う必要はあります。しかし、このような政治的小規模集団が常時存在していれば緊急事態に一部意思決定権を委譲される専門家評議会の設置も即時行えるようになるでしょう。意思決定システムへ常時参加させていれば、いざという時にすぐさま機能と能力を発揮することも可能です。
結言
今回は"速度"を主軸にアップデート案を検討してみました。
他の切り口としては、弱みの改善ではなく強みの強化として、「多様性がもたらすイノベーションの促進」や「市民参加による格差の縮小」なども考えられそうです。
何はともあれ現代の民主主義だって完全なものではなく、まだまだ改善の余地があると思っています。
余談
何事においても『改善思考』が大切です。
まだ良くできると思えば、今に絶望する必要は無いのですから。
この世は諸行無常であり、万物は変化していきます。
つまり、何事も良く変えられる可能性がありますので、絶望する必要はありません。
なんて、相変わらず仏教と工学を連結したようなことを私は考えています。