忘れん坊の外部記憶域

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選挙の時期にネガティブキャンペーンが溢れるのは仕方がない

 

 大きな選挙が近づいてきており、そのためニュースやSNSの政治関連は大変にドロドロしてきております。

 言うなればネガティブキャンペーンの津波です。非常に感情的であったり陰謀論的であったり攻撃的であったりと、これでもかと言うばかりの認知戦が繰り広げられています。

 過去にもブログで述べたように私はそういった雰囲気をあまり好みませんので、選挙の時期には政治関連の記事はあまり書かないようにしています。

 今回は、直近の選挙それ自体や具体的な情勢の話ではなく、もっと大まかなところで「なぜそうなるのか」、選挙時期のネガティブキャンペーンに対する見方を整理してみましょう。

 

本質的かつ自然

 選挙の時期にネガティブキャンペーンが溢れるのはやむを得ませんし、否定する必要もありません。

 選挙とは誰かを「選ぶ」行為の裏返しとして、誰かを「選ばない」行為でもあるためです。

 人々は選びたくない人・選ばない理由をはっきりとするために立候補者や政党の悪い情報を求め、メディアはそれに応じて様々な失言・失政・悪行・不道徳などの情報を流通させます。そのため、選挙の時期に流れるニュースが政治家や政党のポジティブなニュースではなくネガティブなニュースばかりに偏るのはむしろ選挙の本質とすら言ってもよいでしょう。

 もちろん適切な人が政治を行うべきだとした儒教的価値観に基づいて、選挙を『ちゃんとした人』を選ぶ行為と捉えることが語義的にも正道です。

 しかし選挙とは同時に、別の候補者を選ばない行為です。そしてこちらのほうがむしろ現時点での選挙の本質を捉えていると言えます。

 メディアで報道される政治家の動向や言論を見れば分かるように、主に報道されるのは「その政治家がどういった能力や実績を持っているか」ではなく「その政治家がどんな失言や不祥事をしたか」ばかりです。人々はそういった報道を見て、どの政治家を選ぶかではなく、どの政治家を選ばないかを判断します

 よって『ちゃんとした人』を選ぶ行為としては不十分ですが、『ちゃんとしていない人』を選ばない仕組みとして選挙は機能しています。

選挙の本質と政治権力の正当性 - 忘れん坊の外部記憶域

 

 これは気持ちの面でも説明が付きます。

 人は『多数から一つの候補を選ぶ』よりも『多数から一つの候補を除外する』ほうが簡単にできます。人は損失回避性やプロスペクト理論と呼ばれる心理的傾向に基づき、本能的に利得よりも損失を避けることを優先するためです。

 ベスト・ベターと思われる一つを選ぶよりは、ワースト・バットな一つを除外するほうが簡単であり、その判断を優先する心理的なインセンティブが生じます。

 よって選挙の時期に流れる情報がネガティブキャンペーンに偏るのもやむを得ないものです。

 

 要するに、現象的にまあ妥当な結果ではあります。

 それが善いことかは別ではありますが

 

結言

 とはいえ、「選挙では適切な人を選ぶべきだ」とした意見も真であり、そのためにはそれぞれの政治家や政党がどんな失敗をしたかのネガティブな側面ではなく、どんな成功をしたか、どんな能力を持っているかのポジティブな側面で見なければなりません。

 これはちょっと理想論的であり、損失回避性の本能をどう回避して実現できるかは今のところ思索中です。