忘れん坊の外部記憶域

興味を持ったことについて書き散らしています。

アイデアとは思い付きを温めた成果物である

 

 ここ数日は思考の貯蓄期間中です。

 

卵のように温める

「考えるべきことをいつも頭の片隅へ置いておき、頻繁に取り出して反駁し続ける」

 ひらめきや脳の育成に役立つとして、大学の頃に教授から教わったことです。これは今でも継続しています。

 意味のあるアイデアは空から勝手に降ってくるものではなく、ひたすら努力によって耕して適切な種を撒いた末の土壌に芽吹くものです。

 ただの思い付きは大抵の場合で大したものではありません。どんな人でも多面的に物事を検証することは難しく、盲点があったり、深さが足りなかったり、認知バイアスに囚われていたりします。よって思い付きはちゃんと育てて、すなわち様々な知識を結合したり反証をぶつけて弱点を潰したりして、意味のあるアイデアへ昇華させる必要があります。

 

 「ふとした思い付き」を「有益なアイデア」へ育てるためには、複数人で磨き上げるか、一人で時間を掛けることが有効です。

 複数人でレビューすることは分かりやすいでしょう。個人の思い込みや盲点を無くし、多面的な知見と接続し、素早く反証を検証することができます。

 

 一人で時間を掛けることは、疑似的な複数視点の再現です。

 誰しも時間が経過すると変化します。成長したり、環境が変わったり、新たな情報を得たりするためです。必ずしも良い変化ではないかもしれませんが、少なくとも時間が経てば変化はします。

 つまり時間を置いて思い付きをレビューする行為は、疑似的に複数人でレビューすることと似た効果をもたらします。当時は思い付かなかった盲点が見えるようになったり、以前は知らなかった知見が接続されて思い付きが深化したり、過去の自我が抹消して素直に反対意見を模索できたりすることでしょう。

 もちろん複数人で一斉にレビューした方が効率的ではありますが、変化が早い特性を持つ個人であれば一人でアイデアを温める行為は充分に有効です。

 

私個人の話

 私がどちらを好きかと言えば、実はどちらも好きです。アイデアを延々と一人で温め続けますし、それを開陳して他者のレビューを求めたりもします。

 どちらもアイデアを育てるために有効ならば、両方使ったほうが効率的だろう、そう考えるためです。

 このブログも、ある意味でそのサイクルの一環です。

 日頃得た情報を貯蓄し、思い付きを保存し、時折取り出して考えて、さらにはそれを言語化して他者の見解をも求める。

 まさしくこのブログは私の思考回路の延長線であり、文字通りの外部記憶域だったりします。

 人様の目にどう映るかはあまり気にしていないので分からないですが、この手の思考露出に抵抗がないタイプの人には意外とおススメの方法、かもしれません。

 

結言

 ちなみに、この記事はアイデアと呼べるほど温めた思考内容ではなく、「思い付き」のレベルです。

 ここ数日は思考の貯蓄中で「さほど書きたいテーマが無いな」と思っており、「では思考を直接言語化してみよう」と試みたものになります。

 このブログの記事にはそういった数多の「ふとした思い付き」と「練ったアイデア」が保管されています。

 この記事の内容はもっとちゃんと練らないと「有益なアイデア」にはならないので、一度”外部記憶域”へ保管しておき、また後日取り出して練ることにしましょう。