時々問題提起されている「代案無き批判は許容されるのか」について。
個人的な見解として、批判はそれが行われるシチュエーションによって許容度が変わると思っています。
批判の種類
一口で批判と言っても、実際には様々な種類があります。美術的な批判や論理的な批判、建設的な批判や事実に基づかない批判、破壊的な批判や実践的な批判、科学的な批判や専門的な批判などなど、色々なパターンを挙げられるでしょう。
ちなみに"狭義の批判"とは「クリティカル・シンキング」「批判的思考」とも呼ばれる建設的なものであり、建設的でないものは批難や批評や問題提起など別の表現を用いることが妥当ですが、今回はシンプルに"広義の批判"、「人や物事の否定的または肯定的な性質についての判断を構築すること」で話を進めます。
前述したように批判には様々なパターンがありますが、とはいえ大枠で区分してしまえば二種類しかありません。
それは【問題発見型】と【解決設計型】です。
問題発見型の批判とは、物事のどこに問題があるのかを指摘する行為です。「ここが不便だ」「このルールは現場と合っていない」「この仕様は使いづらい」など、問題の存在を知らせることが主目的になります。
一方、解決設計型の批判とは、問題を指摘したうえでどうすべきかを検討する行為です。現状把握、問題提起、対策立案や代替案の提示など、問題解決のプロセスまで踏み込むことが求められます。
これら二種類の批判はまったく異なる役割を持っており、どちらが適切かはシチュエーションによって決まります。
例えば保育園の待機児童問題、介護現場の過重労働、公共交通の不便さなど、最初に社会的な問題に気づくのは現場の生活者ですが、それら社会問題に関して一般の市民や当事者は大抵の場合で制度や仕組みを変える権限を持っていません。
そのため、社会問題においては【問題発見型】で「問題提起だけを行う」ことが許容されますし、むしろ必要です。問題の存在を各所へ知らせることが役割であり、解決策を考える役割は社会的分業として行政や専門家が担います。
対して、会社の会議やプロジェクトのレビューのような場では状況が異なります。
そこに参加しているメンバーは、問題解決の権限と責任を持つ立場です。
したがって、ただ問題があることだけを指摘しても意味がありません。
このような場では、問題を指摘するだけでなく原因分析や代替案の提示まで含めた【解決設計型】の批判が求められます。その権限と責任を行使するための問題解決技術を持っていて然るべきであり、「ここがダメだ」と言うだけの無責任な代案無き批判によって建設的な議論を阻害することは許容されません。
この二種類の批判は他の場面でも明確に使い分けるべきだと考えます。
顧客のクレームであれば、顧客は解決策を設計できる立場ではありませんので【問題発見型】が適切です。
学術論文などであれば、批判には必ず根拠や代替仮説が必要ですので【解決設計型】が求められます。
芸術批判であれば価値判断が主ですので【問題発見型】が妥当ですし、裁判や国会などでは【解決設計型】による意思決定が不可欠です。
結言
つまるところ「代案無き批判は許容されるのか」は権限と責任で許容度が決まるものであり、批判の適切な形は「どのような場で、誰が、どの立場で批判しているか」によって変わります。
この区別を曖昧にすると、「代案を出せ」と強制して言論の委縮が生じたり、逆に「批判だけして責任を取らない」無責任な議論が横行したりします。
権限や責任の無い立場であれば代案無き批判が許容されますし、有る立場であれば代案無き批判は許容されません。