少しばかり辛辣ですが、けっこう本気で分かっていないので気になっています。
裏を取りに行かないの?
多様な意見を収集するため、とにかく手当たり次第に様々な見識や意見を仕入れる習性を私は持っています。
まあ、一種の趣味です。
そんな感じでSNSやニュースサイトのコメント欄を散策することが多いのですが、そこで時々見かけるのが、辛辣な表現ではありますが「賢しげに指摘してやった感」のあるコメントです。根拠をベースにした妥当な批判ではなく、鋭いだけで根拠は無い、上手いことを言った感を醸し出しているコメントを見かけることがあります。
最近の例ですと、ホルムズ海峡における石油由来資源の不足に対して「なぜ政府は現場や業界の声を聴いていないのか」と指摘したり、財務省が財政審で障害福祉の見直しと費用抑制を検討したことに対して「同じように軍事費も見直したほうがいいのではないか」と指摘したりするようなコメントです。
こういったコメントがどうにも私には理解できていません。
私の感覚ですと、そういったコメントをする前に裏を取る、つまり自分の発信に責任を持つためエビデンスを用意する必要があると考えます。「こうかもしれない、こうだろう」と思ったなら、まずは「本当にそうか?」を調べてから発信したほうが良いのではないでしょうか。間違えていたら人様の迷惑になりますし、下手をすればデマの発信源になって社会を乱しかねません。
ちょっと調べれば分かること
「なぜ政府は現場や業界の声を聴いていないのか」とナフサ不足に対して発信するならば、資源関連の話ですのでまずは資源エネルギー庁あたりを見に行けば、トップページに堂々と関連情報のリンクが貼ってあります。
中東情勢を踏まえた石油及び関連製品等に関する対応|資源エネルギー庁
そこから経済産業省の特設ページのリンクもすぐ見つかります。
中東情勢関連対策ワンストップポータル (METI/経済産業省)
その先、内閣官房の閣僚会議資料からは供給の偏りや目詰まりの状況、各団体への要請や各団体からのお知らせの内容だって簡単に見れます。
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/chyutoujyousei/index.html
これらを見れば「ああ、お役人さんはちゃんとお仕事をしていますな」「まあ大元の供給はどうあれ川中のサプライチェーンを国が全部管理するなんて自由主義の国じゃできないしな、せいぜい要望を出すまでだから何処かしらで不足も生じるだろう」と分かりますし、少なくとも各所の声をかき集めて再発信までしているわけで、「なぜ政府は現場や業界の声を聴いていないのか」は誤った認識です。
「同じように軍事費も見直したほうがいいのではないか」だって簡単で、財務省のページで3分もかからずに分かる話です。
障害福祉の見直し検討については令和8年4月28日の議事ですが、令和7年11月11日には『防衛』についてストレートに「対GDP比という数字ありきではなく、防衛力を真に向上させるために何が必要かをしっかり調査・分析すべき」と意見が出されています。
つまり、「同じように軍事費も見直したほうがいいのではないか」はもうすでにやっているので無意味な指摘です。
主権者の仕事
意図は掴み切れていませんが、まあ、鋭い雰囲気で言えばそれっぽく見えて、確認コストを払わずとも一定の自己満足を得られるからやっているのだとは思います。
ただ、それは基本的に非建設的で、場合によってはデマの流布でしかなく、あまり推奨はできません。
もっと言えば、民主主義国家の主権者としては不適切な態度です。
過去の記事で何度も述べてきたためクドイようですが、行政府は公開情報を発信することで説明の義務を正しく果たしており、主権者は公開情報を自ら取りに行き読み解く必要があります。法律と同じで、聞いていなかった、知らなかったなんて通用しません。
行政の説明責任とは「公開情報を懇切丁寧に一から全て言葉にして読み聞かせる」ようなことではなく、公開情報に対して主権者が不足部分や不明点を詰め寄った時に応える責任が説明責任です。
説明に関する誤解と説明責任の適用範囲:民主主義の双方向性について - 忘れん坊の外部記憶域
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上の事例なんてまさに公開情報であり、「私は聞いていない」は通じません。自ら調べないほうが問題ですし、当たり前のようにデマ情報を流しているのは宜しくありません。
結言
その問題や事象に興味があるからネットでコメントをしているのだと思うのですが、ならばなぜそれについて情報を集めて理解しようとしないのか、不思議です。
余談
今回は行政府の情報をストレートに示しましたが、そう言えば以前、
「政府の発信する情報を信じるのは情弱」
みたいなことを言われたことがあります。
頭ごなしに全て信じ込めと言っているわけではないのですが。
その公開情報を読み込んだうえで合理的に不足や問題点を示すのが説明責任の使い方であり、「そもそも一切信用できない」は対話の余地がありませんので駄目です。
また、「個人のレベルでは不足や間違いを指摘・証明できない」のであれば根拠も無しにおかしいと疑っている自身の党派性を見直したほうが良いかと考えます。