意外と過渡期は短いかもしれない。
使いこな"させる"技術
「AIの発展に伴い、AIを使いこなせる人とそうでない人の差が開く」
と世間ではたぶん言われています。なんかそんなオピニオン記事をIT系メディアだか経済誌だかで読んだことがあったような気がします。具体的に覚えていないので引用はできないのですが。
まあ、別にAIに限った話ではなく、新しい技術やツールを使いこなせるかどうかで生産性が変わるなんてことは普遍的なただの現実ですので、当たり前のことでしかないです。蒸気・電気・コンピュータ・インターネットなども同じように、個人や社会の生産性を著しく変革する技術が成熟して大衆化するまでの『使える人と使えない人の差』はやはり相応に大きかったかと思います。
むしろ個人的な意見として、AIにおけるそういった過渡期は他の技術と比較して短いのではないかと思うほどです。
何故ならば、AIは過去の技術と決定的に違う点があります。
それは能動的に人間のほうへ合わせることができる点です。
スマートフォンやエアコンの原理を知らなくても使えるように、科学技術は「成功すればするほど不透明で不鮮明なものになっていく」ブラックボックス化の道を辿ります。最初は原理を理解した専門家だけが利用できますが、徐々に操作や応用を学んだ熟練者が使いこなせるようになり、インターフェイスや技術が洗練されて一般人でも使えるようになった後は、生活インフラとなって何も知らなくても誰もが使えるようになるものです。
過去の革新的な技術である蒸気・電気・コンピュータ・インターネットも同様の道を歩んできました。そしてAIも恐らく同様の道を歩んでいきます。
このブラックボックス化のサイクルにおいて、従来技術の汎用化は人々が技術に対して向かっていくことで進んだのに対して、AIはAI自身が人間に歩み寄ってくることが可能です。
現代のAI技術は未成熟なため多少なりとも使い方を学ばなければなりませんが、それこそ数年もすれば、AIのことを何も知らない真っ新な人でもコミュニケーションさえできればAIが意図を汲み取って目的を実現する、そんなことになるでしょう。プロンプトの書き方に工夫もいらず、論理的に説明する必要も無く、専門知識は一切不要で、AIが全てユーザーの意図を補完して自動で噛み砕いてくれるようになるはずです。未来のAIは過去の科学技術の大衆化と異なりユーザーの能力をおそらく前提にしません。
先に述べたように技術の発展は「誰でも使える」ところまで辿り着くことが必然であり、最終的には誰が使っても同じような出力を出せるようになります。
そのため、AIの場合は使いこなせる人だけが得をする構造は長期的に維持されにくいと思われます。
それこそ、一時期話題になったプロンプトエンジニア辺りは存外息の短い仕事ではないでしょうか。
結言
もちろん個々人の能力による何らかの差はどれだけ技術が発展しても残ります。
ただしAIによる差は、「AIを上手く使いこなす能力」ではなく、少し別の形で現れるでしょう。
最終的には技術の差ではなくヴィジョンや目的での差が顕著になります。
技術を使って何をしたいのか、何処に向かい、どんな価値を作りたいのか。
そういったAIでは決められない個人の意思の大小・強弱・有無が差を生むことになるでしょう。
「AIを使えるか」なんてことは「電気を使えるか」「エアコンを使えるか」などと同様に聞くまでもない質問となり、「AIで何をしたいか」こそが問われる社会になるのは、きっとすぐです。