忘れん坊の外部記憶域

興味を持ったことについて書き散らしています。

与太話

 

 与太郎、と呼ばれる男がいた。

 本名ではない。この男、話をするとなるとどうも事実だけでは物足りなくなる質で、すぐに話を盛るものだからいつの間にかそう呼ばれるようになった。おまけに小耳に挟んだばかりの言葉は意味もろくに分からぬうちから使ってみたくて仕方がない性分でもある。少し前は「サステナブル」を覚えて何にでも当てはめていた時期があった。

 町内の顔見知りもそれを承知していて、与太郎の話は八割引で聞くのが暗黙の了解になっている。

 

 その晩、たまたまつけていたニュース番組で、世界のデータ量がどうのという特集をやっていた。「今や年間のデータ通信量はゼタバイト規模、いずれヨタバイトの時代が来ると言われています」とアナウンサーが読み上げる。

 キロ、メガ、ギガ、テラ、ペタ、エクサ、ゼタ、ヨタ―――画面に並んだ聞き慣れない言葉の連なりを、与太郎は声に出して二度、三度となぞってみただけですっかり気を良くする。誰かに使ってみたくて仕方がなくなったのである。

 翌日、夏祭りの実行委員会で、町内会の役員から頼まれごとをした。若い衆が祭りの様子をドローンで撮影する手はずになっていて、その記録用にSDカードを見繕っておいてくれという。

 「何に使うんで?」と与太郎が尋ねると、

 「打ち上げの後の反省会で流す映像だよ。何時間分も撮るわけじゃなし、メガ、いや、128ギガあれば足りるだろう」

 「メガではなくてギガで、合点です」

 

 返事はしたものの、128ギガとだけ伝えて回るのは与太郎にしてみればいささか物足りない。集会所を出るなり、ちょうど近所を散歩していた田中を捉まえた。

 「おはよう田中さん、ちょいと頼まれたんだが、町内会がよ、祭りの記録用に、SDカードを128テラくらいは見繕っとけってさ」

 田中は片眉を上げた。

 「テラ? そりゃまた大きく出たな。祭りの動画くらいでそんなに使うのか」

 「なにせ今どきはそういうもんらしい」

 与太郎は澄まし顔で応じた。もっとも本人の頭の中では、田中に話しかけるより前から数字が一回り大きくなっている。

 田中と別れてしばしの後、班長の高橋に出会ったので同じ話をした。

 「夏祭りの記録、ペタバイトは見ておいた方がいいそうで」

 「ペタ? さっき田中さんはテラって言ってましたけど……」

 「いや、町内会が言うにはペタでして」

 高橋は半信半疑のまま、そういうものかと引き下がった。

 昼過ぎには農協の帰りに伊藤と出会い、また同じ話をした。

 「SDカードの件、うちのはエクサ級で見繕うらしくて」

 「エクサ? そりゃあまた。高橋さんはペタだって言ってたけどねえ。ずいぶん急に増えるもんだ」

 「そこはまあ、日々刻々と状況は変わるもんで」

 伊藤は与太郎の言うことをそれ以上追及するのが面倒だったのか、へえ、とだけ言って別れた。

 夕方、電気工事を頼んでいる熊沢に会うと、話はさらに膨れ上がっていた。

 「夏祭りで使うドローンの撮影、ゼタバイトくらいは記録に使うそうでして」

 熊沢はさすがに眉をひそめた。

 「おいおい俺も今朝のニュースは見たぞ、ゼタバイトって言えば世界中のデータ通信を全部集めたくらいの話じゃねえか。祭りの動画にそんな要らんだろう」

 「さて、なにぶん、最近はそういう時代らしくて」

 熊沢は釈然としない顔のまま、まあ与太郎の言うことだからなと思い、それ以上は聞かなかった。

 

 次の日、与太郎は町内会の集会で町内会長に報告した。周りには他の役員も何人か立っていたが気にする様子もなかった。

 「SDカードの件、ヨタバイト分は確保できそうです」

 会長は湯呑を持ったままぽかんとする。

 「お前はいつも大きなことを言うとはいえ、ヨタバイトとは。一体、元はどのくらいの話だったんだ」

 与太郎は首をかしげ、しばらく考えてから答えた。

 「さあ。なにぶん、ヨタ話なもので」