忘れん坊の外部記憶域

興味を持ったことについて書き散らしています。

ヒューマンエラーは教育訓練や気を付ける程度では防げない

 先日、車の運転中にカーブでハンドルを切り忘れて危うく事故るかと思いました。さすがに自分で自分のボケっぷりに驚きます。

 ハンドルを操作し忘れるなんてことがあり得るのかと言えば、マーフィーの法則よろしくあり得るのです。これは根深いヒューマンエラーの特性を示唆している事例と言えます。私がボケているだけという事実はさておき、ヒューマンエラーについて述べていきましょう。

 

人の行動段階

 人の行動の段階には3段階の行動レベルがあると言われています。

 一つはナレッジベース。これは十分な経験が蓄積されていない状況において取られる行動で、状況を認知し、記憶や資料から情報を検索して同定し、その情報に基づいて次の行動を考え、その後に行動する、という順序で行われます。

 代表的な例としてはまだ仕事に慣れておらずマニュアルを読みながら作業をする新人に多く見られる行動レベルです。また新人でなくとも通常経験し得ない異常事態や緊急事態などでも見られます。

 一つはルールベース。これはすでに経験がある場合に取られる行動で、状況を再認し、記憶と素早く照合し、状況が規則を満たしているかを確認してから行動に移します。

 ナレッジベースと異なるのは、すでに経験済みのため何をどうすればいいかという行動の選択と計画が不要なことです。取るべき行動は分かっており、それが状況に適合しているかだけを照合します。

 一つはスキルベース。これは反復を繰り返したことにより熟達した行動で、ルールベースのように都度記憶と照合する過程を経ません。状況に応じてほぼ無意識的かつ自動的に行動が行われます。

 これらを総称してSRKモデルとも呼びます。

 

 もう少し簡単な言葉で、車の運転を例として違いを見てみましょう。

 バックで車を左に寄せるとして、その際にハンドルを左に回せばいいのだろうかと考えてからハンドルをきるのがナレッジベース、ハンドルを左にきればいいと分かって行動するのがルールベース、いちいち考えずに自然とハンドルを左にきるのがスキルベースです。

 大変に大雑把な分類をしてしまえば、初心者、経験者、熟練者の順で行動レベルが変わります。正確にはナレッジベースの行動は初心者とは限らないのですが、話を簡略化するためそう限定させてもらいます。

 

行動レベルにおけるエラーの起こり方

 これら3つの行動レベルによって、エラーの起こり方も変わります。

 一般に『的への当たり方』で説明されることが多いため、それを援用しましょう。

 これがナレッジベースで起こり得る外れ方です。行動に対する経験量が少なく、まだちゃんと的を狙えていない状態です。

 このようなエラーを排除するためには教育訓練が有効です。行動を反復して習熟すれば自然と狙いが収束するようになり、外れにくくなっていきます。

 これはルールベースで起こり得る外れ方です。目的である行動を取ることは出来ていますが、何らかの理由により的への狙いがズレている状態です。道具の癖であったり誤った教育であったりと様々な原因によって引き起こされます。

 このようなエラーを排除するためには道具の見直しと教育訓練が有効です。狙うことは出来ているのですから、あとはズレの原因を発見して改善すれば良くなります。

 これはスキルベースで起こり得る外れ方です。反復によって行動は熟達しており、常であればほぼ真ん中を狙うことができます。しかしスキルベースの場合はほぼ無意識的かつ自動的に行動が実行されるため、うっかりや思い込みといった不注意による突発的なエラーが発生することがあります。最も恐ろしいヒューマンエラー、どれだけ努力しても排除し難いヒューマンエラーはこのスキルベースによるエラーです。

 ナレッジベースやルールベースで起きるエラーの多くはミステイク、つまり行動の無理解や取るべき行動の誤認識によるエラーです。それは正しい情報を教育して間違えないよう訓練することによって改善できます。

 しかしスキルベースによるエラーは無意識下によって起きる突発的なものが原因であり、行動した本人すらなぜそのような行動を取ったのかを認識することができません。そのため、これは教育訓練や叱責、注意喚起といった施策では改善しようがないのです。

 

エラーと共存する

 ではスキルベースが悪いかと言えば、決してそうではありません。行動をパターン化し、最適な行動を素早く実行できるベテランは様々な状況で不可欠の存在です。行動するたびに都度マニュアルを読んだり一呼吸置いて確認を取るような行動を強いるのは現実的ではないでしょう。

 そもそもスキルベースの行動は人間の原理原則そのものです。誰だって歯磨きをする時に、歯磨き粉の使う分量を何ccにするか、何秒ごとにどの歯を磨くか、ということまでは考えずほぼ無意識的かつ自動的に歯を磨くことと思います。人の脳は反復行動を自然とスキルベースに落とし込む機能を持っており、それを意識的に避けるのは難しいのです。

 

 よって必要なのは、ど忘れ(ラプス)やうっかり(スリップ)は絶対に発生するものであり、スキルベースによって発生する突発的なエラーは避けられないものだという認識を持つことです。

 もちろんミステイクを避けるためにも教育訓練や注意喚起は必要です。しかしヒューマンエラーを完全に無くすなんてことは幻想であり、ヒューマンエラーが発生しても別の仕組みで防護するという考えこそが必要なのです。

 エラーは必ず起こり得るものであり、致命的な事象に至らないよういかにしてそのエラーと共存するか。これこそが現代のヒューマンエラーに対する考え方です。