忘れん坊の外部記憶域

興味を持ったことについて書き散らしています。

社会全般

失敗を批難する人は、ただ足を引っ張っているだけ

たまには珍しく、少し直接的な苦言を。 失敗は必ず生じる上、目にもつきやすい 新しいモノやコトにトラブルは付きものです。特に複雑系の大きなシステムを変える時には失敗せずに順調に置き換わることのほうがレアケースだと言えます。 なぜならば私たちは預…

無知への謙虚さ

私たちは日々様々な情報に触れています。 しかしそれらは世界に存在している情報量からすれば極めて僅少なものに過ぎません。 よって私たちは知っている情報を基に物事を判断することよりも知らない情報があることを前提として思考をしたほうが適切な場合が…

何かを絶対悪にすることの副作用

当ブログで度々言及してきたものの、しつこくとも伝えたいこと。 悪の外部化 この世には善と悪があります。それはまごうことなき現実です。大抵の場合は白黒まだらに入り乱れたものですが、少なくとも白と黒、そしてそれらが混在したグレーが存在しています…

双方が悪の場合、共感では認知が誤る

最近は英語の勉強がてら、イスラエルとパレスチナの情報に関して英語圏の情報を集めています。あえてイスラエル寄りのイスラエル・ハヨム、パレスチナ寄りのアルジャジーラ、西側諸国の視点としてのロイターと3社の情報を見比べてです。 同じ戦争を報道して…

他者の人権や人格を侵害する権利はない

昨今社会問題化しつつあるカスタマーハラスメント。 カスタマーハラスメントとは顧客による著しい迷惑行為を指す言葉です。迷惑行為とは脅迫や暴言といった言葉によるものに限らず、不当な要求やクレーム、物理的な暴行として現れることもあります。 カスタ…

「ステージ」の概念を扱う時は気を付けて

それは下手をすれば差別に繋がるから。 ステージの概念 “All the world's a stage, -And all the men and women merely players.” (この世はステージ(舞台)。 人はみな役者に過ぎない) とシェイクスピアが書いたように、ステージに例えて人生を分割する考え…

有害な味方を排除することは倫理的に難しいため、看板を変えるしかない

政治や社会問題を扱うクラスタでよく見かける現象の一つに「有害な味方」があるかと思います。 それは例えば、先鋭化した攻撃的な見解をSNSなどで各所にばらまいたり、集団にとって不適切な他者と関係性を持っていたり、集団の理念から逸れた自論をまるで総…

たとえAIに取って代わられるとしても

今を努力しない理由にはならないだろう。 視点の高低は価値の高低ではない たまには真面目風で前向き風な話をしてみましょう。 まず、長い目で見れば人は必ず死にます。 これは自然の摂理です。 では人はいずれ死ぬのだから何かを成し遂げたり築き上げたりす…

評価は他者がするものであり、しかしてそれは

今回は「評価は他者がするもの」をテーマに、考えをつらつらと書いていきます。 それは動かせない 仕事や人間関係、学問や芸術など多くの事柄において、評価は他者がするものです。 これがこの世の真理とまで大仰なことは言いませんが、決して変えることがで…

「心地よい失敗経験」によって諦観へと近づくことの推奨

私の口癖の一つに「仕方がない」があります。 この「仕方がない」が含意する諦観について、少し述べていきましょう。 「諦め」と「諦観」の違い 諦観とは「諦め」とは異なる概念です。 諦めは望みが実現できないことへの絶望や断念といったネガティブな感情…

「敗者は勝者に従う」発想の功罪

先の戦争における「太平洋戦争」と「大東亜戦争」の呼称について少しネット上で話題になっているようです。 私はそもそも「大東亜戦争」の呼称を積極的には使わないので論争自体にはそこまで興味がないのですが、言葉の制限や制約は戦時中の「敵性語」と同じ…

「考える力」を育むだけでなく、「より良い答えを見つける力」も育む必要がある

実のところ、学校の勉強方法はとても合理的です。 傾倒学習と問題解決学習 暗記よりも考える力そのものを育むことの重要性は各所で語られています。 実際、現実は答えが無いことのほうが多いので、そのような問題に対しても立ち向かえるよう考える力を育むこ…

自分の人生を生きることとは、他人の人生を蔑ろにすることではない

似ているようで、まったく異なること。 自分の人生を生きること どれだけ他者の手助けがあろうとも自らの人生に対して責任を負っているのは唯一己自身のみであり、他者は責任の主体者足り得ません。 責任とは結果に対処する義務であり、決定も、判断も、他者…

若者が海外へ働きに行くことへの認識の違い

どうにも、恐らく世代によって認識が異なる話。 国際移住や海外での労働に対する価値観 ここ1年ほど海外へ働きに出掛ける若者が利用する制度であるワーキングホリデーのニュースが多くなったように感じます。 まあコロナ禍による渡航制限が緩和されたことも…

算数で考える『排除の論理』の非合理性

『排除の論理』は明確な定義のある表現ではありませんが、意見が合わない人を集団から排除したり、異なる意見を持つ人を認めずに争ったり、意見の違いを発端として集団を分裂させたりすることなどを意味する言葉です。 『排除の論理』を用いる人は政治的な立…

絶対的な信念に対する不信感

絶対的な信念やドグマを抱いている人と話す度に思うこと。 穏健派の言い分 当ブログではドラスティックでラディカルな行動に対して批判的な記事を度々書いてきています。私は過激な行動を良しとはあまり考えません。基本的には穏健なほうが望ましいと思って…

日本が中露の権威主義陣営に寝返った場合の想定

若者「アメリカはもう沈みゆく国です。欧州だって不調です。日本は西側陣営から抜けて、中国やロシア側の陣営に加入したほうがいいんじゃないでしょうか」 私「うーん、またヘヴィな話題を。とりあえず自由主義を愛する私としては権威主義に与するのは好みじ…

公平さを求めるがゆえの非感情論

感情論。 定義としては『理性によってではなく感情によってなされる議論』を意味する言葉であり、多くの場合は否定的な意味合いで用いられると思います。 そんな感情論に関して、私も基本的には否定的なポジションです。人の感情を否定しているわけではなく…

イジメに関して見解を深めるための入口としての思索

今回は社会問題となって久しいイジメの問題に関して語っていきます。 ただ、正直なところ私には語るほどの前提知識がありません。普段であれば専門外の分野について何かしらを語る場合は様々な統計をチェックして定量データを把握し、書物や論文を読んで最低…

他人に石を投げるべきではない

このブログで度々取り上げていますが、大切なことは何度繰り返してもいいと思っていますので、2019年のオバマ大統領のスピーチについて再度取り上げましょう。 オバマ大統領のスピーチ オバマ大統領が2019年に行ったスピーチは昨今のコールアウト・カルチャ…

暴力を恣意的に運用することの副作用

「撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ」 ある種のネットミームとして定着している言葉ですが、以前にも述べたことがあるようにこのような発想はあまり私の好みではありません。これは露悪的に言えば犯罪者の発想に似たものであり、自己中心的で自己満…

マンスプレイニングに関する研究の紹介と私見

過去にも一度だけ取り上げたことがあるマンスプレイニングについて、再度私見を述べていきます。 マンスプレイニングに関して マンスプレイニングはMan(男性)とSplaining(説明するの俗語)を組み合わせた造語です。 マンスプレイニングは社会学的な用語ではあ…

共感のスポットライト性に関する注意

当ブログで度々取り上げてきた共感について、及び腰ながら再度言及していきます。 実のところ、共感を論考のテーマとして記事を作成することはとても難しいです。なにせ共感は絶対善で否定されるべきでないものだとする不文律の社会通念があり、僅かでも共感…

アンフェアな批判は好まない:生産性を例として

デメリットを提示しない一方的な批判はフェアではないと思う話。 フェアな批判 個人的な趣味ではありますが、私は民主主義と自由主義を是とする思想であり、誰であろうと権利は平等に所有していて公平公正に扱われるべきだと期待しているため、公平公正をと…

災害時における役人と土建屋はもっと評価されて欲しい

災害における報道ではどうしても実際の発災現場における救助や救援に関する映像や情報が多くなります。 もちろんニュースとは人々が知りたい情報を報じることが目的の一つであり、被災者の安否は報道価値の高い情報であることは間違いありません。 例として…

内側の論理だけでは足りない

そこそこに批判的な目線。 1月上旬の会話 友人「そういえばそろそろ台湾の総統選があるけど、どこが勝つと思う?」 私「ワシぁ予言者じゃないから分からないけど、まあ今回は民進党が勝つんじゃないかな、知らんけど」 友人「民進党は蔡英文さんの後継者だ…

ストレスには栄養は無い

軽くない話を軽い気持ちでしていきましょう。 誰しも攻撃的 人はストレスを受けると防衛反応によって攻撃性が増します。 そのため事故や災害や戦争などストレス源となる悲惨な事態が生じると、人々の剥き出しになった攻撃性がSNSやメディア上で飛び交います…

情報源はマスメディアが全てではない

XのようなSNSを見ていると時々思うのですが、情報の入手方法について幅を持たせること、すなわち情報リテラシー教育がもっと必要なのではないかと考えています。 というのも、今年の年始は災害や事故が連続したため特に多く見かけましたが、「なぜこうやって…

不快は愉快よりも強い

昨今の社会問題における一部の事例では個々人の快/不快に関連するものがあります。それはたとえばハラスメントや表現の自由に関する論争などです。 それらの論争を観測する限り、必ずしもそうではないとはいえ社会では不快が愉快よりも強いと言えるでしょう…

善意は価値があるからこそ慎重かつ丁寧に

心底、嫌な話ではあります。 善意の価値 人の善意は大変に価値のあるものです。善意は社会という巨大な機械を円滑に動かすための潤滑油であり、これが無ければ世界は不快な音を立てて摩耗していくばかりとなります。善意とはそれ単独で成り立つものではない…