忘れん坊の外部記憶域

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精神論ではポカミスを完全に防ぐことはできない

 ポカミスとは不注意などで引き起こされる様々なミスを指す言葉です。注意していれば防げたはずの間違いや失敗であり、類似の言葉としては「うっかりミス」や「ケアレスミス」があります。

 

 ポカミスを完全に防ぐことはできません。過去にもヒューマンエラーに関する記事を書いていますが、今回はケーススタディ的に、一部のコンサルタントや研修会社などが述べている言説についてコメントをしていきます。

 

ヒューマンエラーは全てポカミスである?

 時々、ヒューマンエラーの全てをポカミスと定義している説明を見かけます。

 しかしポカミスは注意していれば防げたミスに限定された表現です。ポカミスはヒューマンエラーが生じる一形態に過ぎず、教育の誤りによる間違いや意図的なルールの逸脱はポカミスには含まれません。対策方法がそれぞれ異なるため、混同してしまうのは問題です。

 

注意していればポカミスは全て防げる?

 ポカミスが生じる理由は主に3種類あります。

 一つはミステイク、勘違いや思い込みなどによって正しい行動が取れない場合に生じるミスです。まだ教育を受けている段階の初心者によく見られます。

 一つはスリップ、焦りや疲労などによって取ろうと思っていた行動が取れなかった場合に生じるミスです。作業に慣れつつある中級者で起こりやすいと言えます。

 一つはラプス、うっかりやど忘れによって取るべき行動を取り忘れた場合に生じるミスです。完全に作業を習得した熟練者が主に起こします。

 

 ミステイクは教育によってほぼ防ぐことができます。しかしスリップやラプスを完全に防ぐことは現実的ではありません。注意や教育によって対処しようとしても、スリップやラプスはそもそも無意識下で生じるものであり、意識の改善では防ぎようがない類のエラーです。

 

 スリップは環境を整えることによってある程度抑えることができます。またラプスの対処として作業時に指差呼称をする、都度マニュアルを確認させる、人を増やしてクロスチェックさせるといった、熟練者が習熟した動作を流れで行えないように確認工程を増やすことが有効ではあります。

 とはいえ、全てのプロセスで同様の対策を取ることは現実的ではありません。熟練者の卓越した技能は円滑な業務進行に不可欠であり、人命に関わるような動作でラプスを防ぐために行うことは有益ですが全ての動作で誰も彼もを初心者のように行動させていては何事も進まないでしょう。例えばスマートフォンと一緒に取扱説明書を持ち歩くことは現実的ではありませんし、車へ乗る度にマニュアルを読み込んでいてはいくら時間があっても足りません。スリップやラプスの危険があるとはいえ作業への慣れと効率化は必要なことです。

 だからこそ現代の安全工学や人間工学の分野では、ポカミスを全て防ぐことは不可能であることを前提とし、エラーと共存してエラーが致命的な事象へと繋がらないよう管理するエラー・マネジメントの概念を用いています。

 厳しい表現ですが、注意や教育によってポカミスを全て防げると考えるのは四半世紀以上遅れた発想です

 

要因を全て潰せばポカミスは発生しない?

 人の注意力をマネジメントしようとしても、注意力が散漫になる要因は無数にあります。それらに全て対処することは不可能です。

 例として、作業者が趣味に時間を使い過ぎたせいで寝不足になり注意力が低下している状態だった場合、それを管理するためには作業者の私生活にまで口を出す必要があります。それは許容されることではなく、できることとしてはせいぜいが注意喚起や叱責程度までです。

 では作業者が趣味に時間を使い過ぎなければ注意力は維持されるかと言えば、もちろん他にも無数の要因がある以上そうではありません。通勤時の事故渋滞でストレスが高まっていたり、昨晩に配偶者と喧嘩をしてイライラしていたりと、突発的な注意力低下要因は無限にあります。それら全ての要因に事前対策を打つなど不可能です。

 だからこそ、管理できる範囲は管理するものの、それでもポカミスは必ず生じることを前提とするのがエラー・マネジメントの考え方です。

 

結言

 とても残念ながら、私の生息している製造業界隈ではこの手のヒューマンエラーに関する知見が最先端からすれば四半世紀以上は遅れており、精神論や根性論による対策が一部で未だまかり通っています。

 ただ、やる気や根性があればエラーは完全に防げる、なんてことは絶対にありません。やる気のある熱心なベテランがラプスによってミスを起こし、無理な状況でも根性で回していたラインがスリップによって不良を流出させる、そんな事態を引き起こしかねません。

 人は必ずミスをするものであり、ポカヨケや歯止めによって後工程への被害を防ぐこと。それが現代的なマネジメントです。

 

 ヒューマンエラーをゼロにすると謳うコンサルタントや研修会社の言い分は、正直に言えば鵜呑みにすべきではないでしょう。

 

 

余談

 ヒューマンファクターに関しては航空・医療・鉄道といった「ミスが人命に関わる」業界のほうが遥かに優れた知見を持っているため、製造業よりもそちらから学びましょう。