私は「社会人に勉強が必要か」については人それぞれ異なるとした立場を取ってはいますが、技術職については勉強を推奨しています。
雇用契約上「能率的な職務遂行」が求められる人、医者や弁護士、エンジニアのような専門職や総合職の人々からすれば自主的な学びはある程度の範囲で否応なしに必要なものです。それが契約の範囲である以上、非能率的な業務をしていては解雇理由になり得ますし、職務の遂行能力が査定や評価に反映されることから自ら学ぶことにはインセンティブが存在しています。
やはり技術屋は勉強をしてもらわないと困ります。
少なくとも製造業の技術職であればお勉強は必須です。
なにせメーカーにとって「技術力」は生命線です。 技術の無いメーカーから商品を買う顧客なんていません。技術の無いメーカーとは「お得な特典がまったくない保険商品」や「治療技術がろくに無い病院」みたいなもので、顧客が忌避するのは自然なことです。だからこそ企業不祥事の典型例とも言える横領や不正会計などに比べてメーカーの品質不正や技術不足による事件はメディアでも大きく取り上げられます。
営業マンの無知や誤解は後に挽回することが可能ですが、技術屋の無知や誤解は時に人命にすら危害を及ぼし企業のブランド価値を致命的に損ねます。
厳しいことを言いますが、専門職たる技術屋は専門知識で食っている以上、無知が許されない仕事です。
今回はそんな技術屋のお勉強に関するちょっとした愚痴を記録していきましょう。
何を考えているんだ?いや、なんで考えていないんだ?
若手営業「すみませんちょっと相談なんですけど、工場技術から流量の計算結果が出てきて、それが液体と気体で別々の値だったんですけど、どっちが正しい値ですか?」
私「液体だよ、だって液体の方が正確な値が出るから。気体はただの参考値。一応軽く説明しておくと、液体は非圧縮性で、気体は圧縮性。例えばお茶の入ってるペットボトルは潰せないけど、飲み終わって空気しか入ってないペットボトルなら潰せるでしょ?それが圧縮性の違いだね。で、気体で測定するとそんな感じのちょっとした圧縮の違いで密度が変わって流量も変化する。だから液体で測定した結果が正しいよ」
若手営業「はい、僕もそんな認識なんですけど、聞いてみたらあそこのあの製品群はどうやら気体での計算結果を正しい値として認識してるみたいで」
私「は?」
若手営業「どうしましょう?」
私「OK、俺が引き継ぐ」
・・・
私「あの製品群、気体で計算してるってホント?」
工場技術「そうだよ、ちゃんと技術資料の気体計算式を使ってやってる」
私「その数式を使う根拠は?」
工場技術「この製品群では昔からあの式で計算してるから」
私「つまり昔から間違ってんだそれは。液体の方は世界で共通した定義式があるけど、気体はそれを拡張した式だから厳密に言えば正しくないしズレた値が出る。実際に違う値が算出されているんだからどっちが正しいかくらい疑問に思ってくれ。そもそも気体の式の中身は理解してる?」
工場技術「いや、してない」
私「証明の途中式はデータベースに置いてあるから読んでくれ。少し難しいかもしれないけど数年前に解説を加えておいたからさ。あれを読めば計算の前提をポリトロープ変化の等温過程と設定しているけど現実はそうではないことも分かるし、臨界圧力比付近で誤差が出る理由も分かるから」
ノウホワイこそが技術力
とりあえず慌てて各所に聞き取りをした結果、幸いその製品群以外は「は、液体に決まってるじゃん、何をわざわざ聞いてんねん」といったリアクションだったので一安心。これが全社的だったら笑えないことになります。
自分が使っている計算式の理屈やその計算式を使う理由が分からないのは困ったものです、シンプルに教育と勉強が足りていません。
極論ですが、数式に変数をぶち込んで算数をするだけなら誰だってできます。その数式の使い方を知っているのはただのノウハウ(know-how)であり、技術力ではありません。
技術力とはなぜその数式を使うかを知っていることであり、すなわち技術力とはノウホワイ(know-why)を持っているかどうかです。
結言
ノウハウはマニュアルで学べるのに対してノウホワイは適切な教育と勉強が不可欠です。だからこそ技術伝承は大変で、しかし必要なことです。ノウホワイを持たずにノウハウだけに基づいた前動続行を繰り返す組織は必然的に劣化していくのですから。
余談
本社に異動してきて良かったことのひとつが、全社横断的に話を動かしやすくなったことです。現場にいては全体的な動きができないのでもどかしかったのですが、今はやりやすくなりました。
よーし、これからどんどん技術者を教育するぞー。