忘れん坊の外部記憶域

興味を持ったことについて書き散らしています。

簡単に説明するのは難しい~例:潜熱

 定期的に困る問題があります。何が分からないか分からない人の何が分からないのかが分からない問題です。うん、何を言ってるか分からないですね。

 今日は理科に興味が無い人には本当につまらない話をします。

 

難しく理解するよりも簡単に説明するほうが難しい

 お仕事柄、理数的な話を人に説明する機会が多いのですが、残念ながら理科や数学の話は猛烈な拒絶反応を引き起こすことがあります。数式を見ただけで脱兎の如く逃げ出す人、化学式を見ただけで脳のOSが落ちて言動がブルースクリーンになる方、ギリシャ文字を見ただけで中世ヨーロッパの石像のように石化する人、まあ人それぞれ好き嫌いというものがありますので仕方がないのですが、説明する側としては寂しいやら大変やらです。理数、面白いのに・・・

 とはいえ仕事なのだからなんとか伝える努力をするのが私の責務です。よって説明する時はレベルを3段階に分けています。専門用語や数式、たとえ話の使い分けなど、説明する内容の解像度を相手方に合わせて変えるわけです。

 映画で例えてみましょう。

 レベル1はほとんど映画を見ない人に向けて説明するようなものです。細かい話は全て放り投げて、なるべく興味関心を惹けるように大まかなプロットと相手に伝わりそうな言葉だけを選んで説明します。

 レベル2はほどほどに映画を見る人に向けて説明するのと同じくらいの解像度です。どんな役者が出るか、誰が監督か、物語のあらすじはどんなもので、映像や音楽の良さからどんな感動を受けたか、そういった多少解像度の高い話をします。

 レベル3は映画オタクに向けて説明、というよりも語り合うようなものです。相手も同じ映画を見ていたり基本的な作品を鑑賞済みであることを前提として、あらすじなんて語らず、どの場面で誰がカメオで出ていたか、分かる人にはニヤリとできる別の映画のパロディについて、途中で出てきたマクガフィン、そういった本筋ではない話が主軸です。

 

"熱力学"という言葉だけで逃避者が出る不思議

 いきなり潜熱の話をしましょう。義務教育の範疇ではありますが熱力学の入り口として必要な概念です。そんな潜熱を私が説明する時の語りを文章化してみます。

 ちなみに潜熱という言葉を聞いた時点で離脱者が出ます。なんだか難しそうなイメージを持つようです。とても、悲しい。潜熱は基礎の部分なのでまだ難しくないのです。

 

レベル1

 暑い日にどう涼むか、まあエアコンを付けたり扇風機を付けたり窓を開けたり色々あると思うけど、そういったことの一つに打ち水があるよね。今どきは個人でやる人は減ってると思うけど、どっかのお店とかでさ、軒先の地面に水をバシャーっとぶちまけるアレ。あれをやるとなんで涼しくなるのか考えてみようか。

 イメージ的には冷たい水を撒いてるから冷えるような気がするけど、よく考えてみると昔の人は冷蔵庫なんて持ってないから夏の暑い日に冷たい水なんて用意できないんだよね。だから昔の人は温い水をバシャーっとしてたわけ。でもそれでも涼しくなる。不思議だよね。

 水が水蒸気に変わることをちょっと難しい言葉で蒸発って言うんだけど、ほら、お湯を沸かすと中から泡がブクブク出てくるじゃん?あれが蒸発。水が水蒸気に、つまり液体が気体に変わってるんだけど、打ち水で起きてる現象は実はあれと同じようなものなんだ。

 お湯が沸くときは、水が火から熱をもらって水蒸気に変化してるんだけど、打ち水をすると同じようにあっついあっつい外の空気から熱を水が奪い取って蒸発する。すると水が熱を奪ってくれたその分だけ空気は冷たくなる。だから打ち水をすると外の空気が涼しくなるわけなんだ。昔の人は賢いよね。

 他にも例えばアルコール。注射の時に注射するところをアルコールで拭かれるけど、あの時もヒンヤリするよね。あれも同じで、アルコールが蒸発する時に周りから熱を奪ってるからヒンヤリするというわけ。

 これを真面目な言葉では気化熱、もしくは蒸発潜熱と言うんだけど、なんだか難しそうな言葉だから暗記する必要は無いかな。大雑把に、液体が気体になる時は外の熱を奪うと覚えておけばOK。ちなみにスプレー缶を使ってると冷えるのもこの気化熱だったりするよ。

 

レベル2

 今日は潜熱について学びましょう。潜熱の定義は「物質が相転移するのに必要とされる熱エネルギーの総量」です。堅苦しい表現ですね。

 "相"は物質の状態、まあ気体とか液体とか固体とか、そういうやつです。それが転移、つまり変化することを相転移と言います。それっぽく言ってるだけで、要は中学校の理科でやった状態変化のことです。

 物質は放っておくと良い感じの状態で落ち着きます。例えば普通の気温だと、金属は固体で落ち着くし、水は液体で落ち着くし、僕は仕事をしていない状態が落ち着きます。この落ち着いている状態を変えるには熱エネルギーが必要です。固体の金属を液体に融解させる、水を水蒸気に蒸発させる、だらけている僕に喝を入れて働かせる、どれも熱エネルギーを与えれば状態変化します。この時に必要な熱エネルギーの量を潜熱と言います。

 ちなみに逆向きの変化、例えばドロドロに溶けた熱々の金属が固体に戻るためには、熱エネルギーを与えるのではなく外に放出します。どっちにしても状態変化の際には熱エネルギーの出入りが必要で、出入りするエネルギーの量が潜熱というわけです。

 補足もしましょう。潜熱に似た言葉で顕熱というものがあります。潜熱は状態変化における熱エネルギーの総量ですが、顕熱は物質の温度を変える時における熱エネルギーの総量です。

 例えば0℃の水を沸かして100℃のお湯にするとしましょう。この時に0℃から100℃まで上げる熱エネルギーの総量が顕熱、100℃のお湯が沸騰して水蒸気に変わるための熱エネルギーの総量が潜熱です。

 

レベル3

 とりあえず大雑把に説明すると、潜熱は化学ポテンシャルやギブズの自由エネルギーで計算できる。熱平衡状態だと化学ポテンシャルは最小になるから、相転移の転移点ではギブズの自由エネルギーがそれぞれの相で一致するわけだ。で、所定の条件下では自由エネルギーの温度偏微分はつまりエントロピーだから、熱の変化量がエントロピー変化量と温度から計算できて、この変化量こそが潜熱。もっと単純に言えば相転移前後のエンタルピーの差のこと。まあ数式で見た方が早いわな、数式で書くとこんな感じ。(数式は省略)

 計算じゃなくてもっと概念的な説明をすると、要は物質って分子の集まりで、分子同士で力が働くからくっついてる。その結合を切断して自由に動かしたり、自由に動いている分子を結合状態に戻すためにはエネルギーの出入りが必要で、そのエネルギー量が潜熱ということ。

 ちなみにこの潜熱の概念はジョセフ・ブラックっていう人が考えたんだけど、潜熱そのものよりは熱と温度をちゃんと区分したというほうが功績としてはでかいと思う。あと二酸化炭素を発見したのもこの人。蒸気機関で有名なジェームズ・ワット、そう、電力の単位の由来になったあのワットさん、あの人はジョセフ・ブラックをリスペクトしてたらしいんだけど、その気持ちは凄くよく分かる。そうそう、蒸気機関と言えばさ、(以下略)

 

あいつ理科の話する時すげー早口になるよな

 このように、なるべく噛み砕いて話そうとすると分量がとてもとても多くなるのです。それでもどうにも伝わらないことがあり、何故伝わらないか分からない、だからもっと言葉を継ぎ足す、すると話が長くなってより興味が薄れていく。説明側の技量不足が原因なことは分かっているものの、この悲しい悪循環、なんとかしたいものですホント。