また時事についてです。今回はワクチン廃棄に関してヒューマンファクターの点から記事を書きます。本当はヒューマンエラーに関しては時事ではなくメタ化した記事を書きたいと思っていたのですが、ここまで見事なヒューマンエラーのニュースを見てしまった以上取り上げざるを得ません。ヒューマンエラーについてはいずれ知識化した記事を作成します。
ワクチンを廃棄させるための悪意があったというような意見も散見されますが、陰謀論の域を出ませんので本記事は人によるミスを前提として書きます。悪意を持っていた人がいたとして、町田市の高齢者施設で48回分程度のワクチンを損失させることにどれだけの効果があるのか疑問ですし。
さて、記事に対する各所でのコメントで、
誰が麦茶を入れたのかは分かっていないということです。
に対して犯人捜しを望むような意見を見かけましたが、ヒューマンファクター学や品質管理の観点からしたらそれは意味がありませんし、むしろ絶対にやってはいけないことです。誰が麦茶を入れたかなんてことは調べればすぐ分かることですので当然関係者は誰がやったか知っているはずですが、犯人捜しはやっていはいけないということを分かっているからこそ施設側でもわざわざやっていないわけです。
状況の推察
2~8度の冷蔵庫ということは、ファイザー製のコミナティ筋注を解凍・冷蔵保存するための冷蔵庫です。さんざんニュースでやっていたので誰もが知っていますがファイザーのワクチンは-90~-60度での冷凍保存が基本です。しかし2021年5月31日に取り扱いが変わり、解凍する場合は2~8度で1か月程度の冷蔵保存が可能になりました。
https://www.toyamashi-med.or.jp/file_upload/100210/_main/100210_01.pdf
ワクチン用の冷凍庫はこの1年で山ほど増産されましたので設備の取り扱いには明確なルール化・手順化ができているはずです。しかし2~8度の冷蔵庫となれば専用の冷蔵庫ではなく市販品でしょう。場合によっては施設に元々あった冷蔵庫を転用して温度計だけ置いている可能性もあります。ワクチンの取り扱い改訂からまだ1か月であり情報の周知も不足していたことでしょう。まさか無いとは思いますが、ワクチン保管と施設利用者の飲食物保管を兼用していた可能性だってあります。いや、さすがにそれは無いとは思いますが、麦茶を置くことができた以上少なくとも専用であるというルールの周知はされていなかったわけです。
犯人捜しの無駄
今回のワクチン廃棄についてはなぜなぜ分析や三現主義(現場・現物・現実)なんて考えるまでもなく、原因は単純なポカミスです。
ここで重要なのは原因ではなく真因です。麦茶を置くというポカミスに対して実行者を探し出し、叱責なり注意なりをすれば今後二度とワクチンの廃棄は起きないでしょうか?もちろんそんなことは無く、別の誰かが今度は暖かいウーロン茶を入れるかもしれません。お茶はダメなのねと出来立ての焼きそばを入れるかもしれません。ワクチンの廃棄でいえば、ドアの閉め忘れや勘違いによる室温保管など他にも様々な要因によって引き起こされます。麦茶を置くというポカミスにだけ対策を取っても何の意味もありません。
ポカミスの真因は無知です、その冷蔵庫の冷凍能力では中温の飲食物を急速冷却することができずに庫内温度が上昇するということを知らなかったという無知であり、ワクチンの温度を2~8度に保管する必要があることを知らなかった無知です。
不注意によるポカミスであれば叱責もわずかな期間効果を発揮しますが、無知に対しては叱責しても何の意味もありません。「いや、知らんかったし・・・」となるだけです。無知は個人の責任だけではなく組織の責任でもあります。無知に対する対策には情報の周知と組織的な教育、みえる化が必要です。
対策
理想的にはワクチン専用の冷蔵庫を用意し、ワクチンしか入らないトレイを使用してポカヨケをすることです。他の物を置けるものなら置いてみろ、という状態にできれば完璧です。温度センサと警報まで付ければ最強です。コストの都合上難しいと思いますので次善の策としては冷蔵庫のドアにでも張り紙を貼っておくくらいでしょうか。技術屋としては完全なポカヨケをしたい気持ちでいっぱいになりますが、多分職業病という名前の心の病気です、これもワクチンで治せないでしょうか。
いや、しかし、麦茶を置けたということは、専用の冷蔵庫を買う予算が無くて施設利用者の冷蔵庫と兼用している可能性が高いような気がします。予算権限を持つ人は今回の件を「不注意だ、人が悪い」なんて思わずに、ワクチン専用冷蔵庫を現場に買い与えてあげて欲しいです。現場がどれだけ頑張ったとしても、人のミスは想像もしない形で絶対に起きますので・・・
まとめ
事故が起きると人はつい個人を責めてしまうものです。しかしヒューマンファクターの観点からすれば個人への攻撃は何の意味も無いどころか効果的な対策における阻害要因とすら成り得ます。ワクチン廃棄は勿体ないとは思いますが、これを機に各所に横展開されて再発防止対策が取られることを期待します。