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日本の製造業は衰退したのか~2021年版ものづくり白書を読む

 日本の製造業は衰退したという言説が定期的に世間を飛び交っており、製造業に身を置く技術屋としては寂しい限りです。

 実際のところは日本の製造業はどの程度衰退したのでしょうか。私たちの身近なIT関連や電機関連が海外企業に押されているのは実感的に分かりやすくはありますが、自動車や半導体はまだまだ大きなシェアを持っていますし部品や材料系のメーカーも案外元気です。技術屋の肌感覚的には別にそこまで悲壮感を持つ必要も無いと感じており、もう日本は終わりだ、日本沈没だ!というほどの恐怖は感じていません。もちろん危機感はありますが、追い上げられているのでこちらも負けじと走らねばという感覚です。そもそも全ての領域で勝つのは現実的ではありませんので、勝てるところはリードを広げて負けているところは追いつこう、と考えたほうが良いような気がします。

データで見る製造業

 経済産業省が毎年まとめているものづくり白書から製造業の実情を見てみましょう。

製造基盤白書(ものづくり白書) (METI/経済産業省)

  まずは日本の業種別GDP構成比の変化です。

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 製造業のGDP構成比率はほぼ変化しておらず、およそ2割を占めています。少ないながらも日本のGDPが年々伸びていることを考えれば付加価値の生産量はむしろ上がっていると言えます。単純に日本の製造業が衰退しているのであればGDP構成比率は低下しますので、このグラフはそう単純な話では無いことを示しています。

 但し付加価値(利益)のピークについては少し落ち込みの傾向が見られます。業種別の営業利益の推移を見てみましょう。

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 2017年をピークとして全体的に落ち込んでいます。2020年はコロナ禍のため仕方がないところはありますが、特に輸送用機械器具製造業、すなわち自動車や船舶といった日本の競争力が高い分野の製造業では利益が出せなくなっています。少し見にくいですが鉄鋼業もかなり厳しい環境です。化学工業は堅牢で安定しています。全体的に見て、GDP構成比率は高くも先行きを楽観視して良いわけではないことが分かります。

 

 利益に次いで見るべき指標は労働者の状況です。製造業は第一次産業に比べると労働集約型ではありませんが、それでも設備を動かす人は必要であり技術伝承が途切れれば生産に支障を来すようになります。

 製造業就業者数の推移を見てみましょう。

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 製造業就業者は約1000万人、日本の雇用者数は約5600万人のため5~6人に1人は製造業に勤めているということです。

 図より非製造業は若干増えているのに対して製造業就業者は徐々に減少していることが分かります。全産業における製造業就業者の割合で見ると右肩下がりではありますが、それは非製造業が増えていることも影響しているため重要な数値ではありません。それよりもこの20年ほどで製造業就業者の人数が2割弱減少していることのほうが重要です。日本の製造業は人員2割減の状況下でGDP構成比を維持している、つまり大雑把な表現ではありますが昔に比べて今の製造業就業者は約1.2倍生産性が高く効率的に商売ができているということです。

 補足的なデータですが、労働時間の推移も貼っておきます。労働時間が伸びているわけではないため、生産性が高まっているのだということが分かります。

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まとめ

 GDP、つまり付加価値における構成比率で製造業は低下しておらず、業種によっての盛衰はありますが全体として衰退したとは言えません。むしろ従業者数が減っている中でも効率を高めて付加価値生産性を高めていると言えます。世界情勢の変化や地政学的なリスク、環境問題への対応など将来的な課題は無数にありますので「衰退する」可能性はありますが、「衰退した」というのは誤りでしょう。

 製造業就業者はとても頑張っていますので、「製造業は衰退した!」と虐めるようなことはあまり言わないでもらえると技術屋としては嬉しいです。