忘れん坊の外部記憶域

興味を持ったことについて書き散らしています。

聞くは一時の恥、とすら思わない

 

迷子のプロの面目躍如

 午後半休を取り、市役所に赴く。

 あまりお役所に行かないので勝手が分からず、奥まった駐車場に駐車してしまった。ここがどこで、どこに向かえば入口に辿り着けるかまったく分からない。

 建屋をぐるりと1周すれば入口の一つや二つくらいさすがに見つかるだろうが、それよりも誰かの後ろに付いていけば速やかに目的地へ辿り着けるのではなかろうか。この発想のおかげで幾度も電車を乗り間違えてきたものだが、幸いにしてここは市役所、向かう先は皆同じはずだ。さすがにラーメン屋へ向かう人はここには居ないだろう。

 挙動不審にならない程度に前を向き人流に沿って歩く。どうやら正面口ではないようだが、役所の建屋へ立ち入ることには成功した。

 ここまでの案内役として私が後ろを付いていったご高齢の方は、きっとパスポート窓口には行かないだろう。このまま付いていっても恐らく市民課や年金課へ同行することになってしまう。そこに私の用事は無いどころか、そんなことをしてはただの不審者だ。貴様が年金を貰うのは30年以上早いと追い返されることだろう。その時に貰えるとは限らないが。

 なんにせよ、ここからは自力で構内を探索しなければならない。

 パーテーションだけで仕切られた、傍から見ると乱雑にしか思えない部署配置、各所に乱立した窓口、あちこちに貼られた様々な告知と広告、迷うことなく目的へ歩んでいく人々と戸惑い混乱する私。現在地がさっぱり分からない、正面口では無い分尚更だ。案内板は無数にあるが、無数にあるがゆえに目的のものを見つけることができない。

 とりあえず間違いなく違うであろう通路には侵入しないよう、ぱっと見で一番広い通路をキョロキョロしながら爆進する。

 通路を抜けると開けた場所に出た。無数の窓口が並んでいる、ここがメインフロアのようだ。来たことはあるはずだが記憶には残っていない、すでに蒸散している。待合の人々の後ろから各窓口の看板を眺めるも、目的の窓口がさっぱり見つからない。このまま待合所をウロウロしても邪魔になるだけだろう。

 私は正面口すぐにある総合案内所へ躊躇うことなく向かった。そこに鎮座まします女性はきっと私の疑問を全てまるっと氷解してくれることだろう。

 

その日に案内所と窓口でした質問

「パスボートの更新をしたいのですが、窓口はどこですか?」

「パスポート用の写真を撮りたいんですけど、写真機はどこにありますか?」

「左ってこっちですか?」

「そっちは・・・右、じゃないですか?」

「整理券は発券する必要がありますか?」

「申請書類はこれで足りていますか?」

「写真のサイズはこれで合っていますか?」

「先ほど呼ばれたのは私ですか?」

「今日は何月何日ですか?」

「印紙を売っている売店はどこですか?」

「会計課はどこですか?」

「受け取りは朝一からでもやっていますか?」

「もう帰っても大丈夫ですか?」

 

いくつか変な質問が混ざっている

 実際に聞いたのだから仕方がないのです。

 

私は質問を恐れない

 古来より「聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥」と申しますが、私は聞くことを一時の恥とすら思わない厚顔無恥なタイプの人間です。無恥なのか無知なのかは分からないですが、恐らく複合的です。無恥で無知です。

 私は自分で30秒考えて分からないことは恐らく30分考えたって分からないと思っているため、分からないことがあればすぐに聞きますし、曖昧なところがあればすぐに確認します。

 学校のテストや資格試験では時間切れになったことがないどころか、退出可能時間になったらたとえ自信が無い設問があろうとも答案用紙を渡して部屋を立ち去るタイプの人間です。

 

 これは訓練の面と性格の面があります。

 まず、私は技術屋であり、技術屋の世界は質問で溢れかえっています。質疑応答が職場のコミュニケーションの基本スタイルだと言ってもいいくらいです。これは技術的にどうなのか、この設計は問題ないのか、これはどういう仕様なのか、顧客はどう言っているのか、市場はどうなっているのか、とにかく仕事上のやり取りのほとんどが質問尽くめの質問尽くしとなります。ビジネスの世界において双方の認識のズレは致命的な結果を招きかねないため、聞かないですれ違いが起こることのほうがよっぽど恐れるべき事態だからです。

 よって否応なく質疑応答の訓練をされるため、私は質問することをそもそも恥ずかしいことだとは考えません。社会人、特に技術屋にとって質問をする能力は必要不可欠なスキルです。

 

 また、性格的にも私は「自分で考えたって分からないことは分からない」と割り切ります。自分の脳などまったく信用しません。私が考える程度のことは大したことがないですし、考えた時間に比例して優れた考えが出るとは思っていませんし、他人はもっと色々と違うことを考えているでしょうし、だからこそ人の考えていることなんて分からないとまで思っています。下手の考え休むに似たりが私のポリシーです。

 そのため、例えば「あの人のあの発言や行動はどういう意味だったんだろう」とか「今この人はどう思ったのだろう」という類の疑問についても、気になったら直接聞きます。直球です。聞くことを恐れるよりも、間違った思い込みを持ってしまうことをより恐れています。

 相手が何を考えているか、私などが考えたって正しい答えに辿り着くとは限らないのですから。

 

結言

 分からない時は悩み過ぎず、人に聞きましょう。

 とはいえ私はなんでもかんでも聞きすぎではありますので、少しは恥じることを覚えます。

 

 

余談

 まあ、聞いたところで相手が正直に答えるとは限りませんが、聞かないでモヤモヤするのは好みではないのです。これは性格ですね。