あるメールのやり取り。
【営業マン(ラテン系アメリカ人)】
「やあ、連休は楽しかったかい?」
「新しい顧客の情報ですが、この顧客の状況に合った製品を紹介したいです。アドバイスをくれると助かります」
【私(日本人)】
「連休明けは仕事に集中できないよ、凄くしんどい」
「この情報からだとこれが良いと思います、参考資料を送付します」
【営業マン】
「それはよく分かるよ、連休明けには[休みのための休み]が欲しくなるよね!連休はどんな感じで過ごしたんだい?」
「資料ありがとうございます、これは顧客にそのまま出しても大丈夫ですか?」
【私】
「顧客に出してもOKです」
「実家に帰ったよ。うちの実家は日本でも田舎で保守的な地域だから、墓参りして、親戚と会って、そんな感じ。日本の”お盆”という行事です」
「まあ、疲れるイベントですが、久しぶりに家族に会える良い機会になるので良いことだと思っています」
【営業マン】
「OK、顧客に提出します」
「君の出身はどこなんだい?日本の田舎での生活を一度体験してみたいな、お祭りがあるなら最高だね」
「メキシコにもお盆に似た行事でDia de los Muertos(死者の日)という風習があります。映画の”Coco”を知ってますか?あれは死者の日がモチーフになっています。残念なことにアメリカにはこういう風習が無いです。もちろん個人でお墓参りをする人はたくさんいるけど、イベントとして皆で死者を偲ぶような日はありません」
【私】
「私の出身はそれでもまだ東京に近いから田舎度合いはそこそこかな、日本の東北地方とかおススメだよ」
「死者の日(Dia de los Muertos)は初めて耳にするよ、祖先の霊が戻ってくる日なのかな?そうだとしたら確かにお盆と凄く似てる行事ですね。太平洋を挟んだ遠い国なのに同じような文化があるのは不思議で素敵なことだと思います」
「Cocoは見たことがないけど、AmazonPrimeにあるのを見つけたから早速レンタルして観てみます」
「そういえば日本の学校ではメキシコのことを結構好意的に紹介しているんだよ、なにせ日本が鎖国を止めて世界の舞台に飛び出した後に、初めて平等な条約を結んでくれた国だからね。もしかしたら実利や外交だけじゃなくて文化的な近さも影響してたのかも」
「アメリカ人はプラグマティストが多いような印象があるから、こういう行事はあまりやらないのかもね。ああ、これはアメリカ人を悪く言うニュアンスじゃなくて、死生観にはそれぞれ文化による違いがあるんだと思っただけだよ」
【営業マン】
「今度日本に行くとき、東北地方について調べてみるよ」
「条約のことは知らなかったけど、メキシコにルーツを持つ僕としては嬉しい話だ。メキシコに日系人が多い理由が分かったよ」
「死者の日は霊が戻ってくる日だと言えるかもしれません、そういう観点もありそうです。アメリカでこのようなイベントが見られない理由は、プラグマティズムよりは恐らくプロテスタントの文化がルーツにあるのだと思います」
「メキシコはカトリックが非常に多く、亡くなった人々と天国の王国に入る人々との共同体に生きるという考え方は極めてカトリック的なものです。これらの人々を”聖人”と言います。カトリックの伝統では11月1日に全ての聖人とキリスト教史上の殉教者を記念する諸聖人の日が祝われます。これに続いて11月2日には信仰を持って逝った人全ての記念日があり、彼らが天国に到達するために僕たちの祈りが必要な人々を記念します。メキシコはカトリックの国だから、これら2つの特別なカトリックの日を先住民の既存文化と結び付けて死者の日(Dia de los Muertos)が生まれました」
「プロテスタントは生者と死者の間で交わりはないと信じています。私たちカトリックの見解では、僕たちは”眠る”人々と交わりを持つことができると考えています。教会は地上から天国に広がっており、僕たちが神に祈る間、彼らは僕たちの祈りを聞くことができるとされています」
「11月1日と11月2日はキリスト教徒にとって非常に重要な日です。ハロウィンは聞いたことがありますね?諸聖人の日の前夜として知られています。しかしかつてはキリスト教徒を嘲笑うために使用されました。だからハロウィンでは怪物や悪魔が見られるのです。この時期には多くの悪魔的な活動や魔術が行われると言われています。現代では無害なものだと思いますが、注意深くしないと悪用される可能性もあるでしょう」
「貴方は自分が宗教的な人と考えますか?日本は大部分がかなり世俗的な国ですが、それでも依然として霊的な側面が呼び起こされているのを見るのは本当に興味深いです」
結言
途中から仕事の話もせずに雑談をし出す人々の図。おしゃべりですね。
あと何回かやり取りして意見交換を楽しみたい気持ちと、仕事から話が逸れ過ぎだから止めるべきだとする気持ちの葛藤があり、どうしたものか悩み中です。
でもせっかくカトリックの価値観を説明してくれたのだから、こちらも日本的価値観の説明をするのが筋でしょう。そんなわけであと1往復くらいはやります。
- 日本は島国で異国との文化交流が少なく、異文化の他者を教化する必要が無かったから神道には経典や聖書が存在しない。日本で宗教は言動で示すものではなく、宗教的価値観は文化の形で内面的に定着している。
- 世俗的の意味は「God」を重視しているかであり、その観点からすれば日本人は極めて世俗的だと思う。ただ実際はアニミズムと仏教の混合した価値観が内面化されているので存外に信心深いと言えるかもしれない。
- 日本には仏教徒が多い。仏教はキリスト教やアニミズムとは違いヴェーダの宗教の系譜なので、輪廻転生を信じている。だから本来、祖先の霊は帰ってこないで新しい世界に転生する。よってお盆の祖霊信仰は仏教だけではなく、日本人の内面に神道的アニミズムが存在していることを意味している。
- 宗教的価値観を言葉にする習慣が日本にはなかったため、日本では自身の宗教観について他者に説明することが苦手な人が多い。私は他の人よりも言語化に慣れているだけで自分を宗教的な人だとはあまり考えていない。そう名乗ることは熱心な信徒に対して失礼に当たる気がする。
・・・これを英語で回答するのはなかなかに骨が折れそうですが、英語の勉強になるので頑張ります。
余談
おお、今朝届いていた回答では、アリストテレスとアクィナスの話に踏み込んでカトリックと神道における魂の概念の類似性に関してメールをしてくれました。確かアクィナスはキリスト教神学の転換点となった一人なので、カトリックの宗教的価値観を理解するにはとても重要だったはず・・・ああ、教科書的な記憶しかないから体系立った理解が難しい。もっと神学について勉強しておけばよかった。
何はともあれ、リベラルアーツに長けた海外インテリとのコミュニケーションは趣深いものです。仕事しろ、と突っ込まれない程度にまた回答します。