忘れん坊の外部記憶域

興味を持ったことについて書き散らしています。

『エンゲージメント』や『働きがい』を経営者は誤解していないか?

 日経を見ていたところ脱力するような記事があったので、それに対する私見を述べていきます。記事そのものより、エンゲージメントや働きがいに対して経営者は誤解しているのではないか?という話です。

東京海上日動など「働きがい」測定 組織改善に生かす: 日本経済新聞

 

従業員エンゲージメントと経団連の調査

 従業員エンゲージメントは説明するのが少し難しい言葉ですが、社員が会社に貢献したいと思っている姿勢、熱意や働きがい、愛社精神というような意味合いで使われている言葉です。

 そもそもEngagementは従事や婚約、約束や関与、軍事的な交戦のような幅広い意味を持つ言葉であり、「人と人のつながり、関係性への積極性の度合い」を表します。エンゲージメントが高いという状態は、それが仕事であれ愛情であれ戦闘であれ、相手に対して積極的な関係性ということです。

 よって従業員エンゲージメントは「会社に対して従業員がどれだけ積極的に関係性を持とうとしているか」というようなニュアンスです。

 

 従業員エンゲージメントが高い企業は業績も良いという研究結果があることから、様々な企業がエンゲージメントを高めることに腐心しています。その一環として、日経新聞の記事では経団連が調査した「社員のエンゲージメントを高めるため取り組んでいる施策 」を取り上げていました。調査の元データはこちらです。

経団連:2021年人事・労務に関するトップ・マネジメント調査結果 (2022-01-18)

 この調査に回答した企業約400社において、エンゲージメントを高めるために重点的に取り組んでいる施策は次のようなものです。

  • 企業理念・事業目的の社員との共有
  • 場所・時間に捉われない柔軟な働き方の推進
  • 社員の安心・安全、健康の確保
  • 業務のデジタル化の推進

 これははっきり言ってズレています。言ってしまえば論外です。この調査に回答した経営幹部達は職場の環境を整えることが従業員エンゲージメントを高め、働きがいを増進すると本気で考えているのでしょうか?

 前述したようにエンゲージメントとは「人と人のつながり」に関する言葉です。よってエンゲージメントを高めるには

  • そこで働く人々が良い関係性を構築できる
  • そこで働くことによって自己効力感が高まる
  • そこで働くことで成長する機会がある

といったことが肝要なのであり、職場の環境を整えることが最重要ではありません

 確かに世の中の転職理由で上位を占めるのは給与や労働時間といった労働環境です。しかしそれはエンゲージメントや働きがいと連動するものではありません。『働きがいはないけど給与が高いから嫌々ながらも仕事をする』なんて当たり前に存在する事例でしょう。エンゲージメントや働きがいを改善するというのはこの『嫌々ながらも』をなんとかすることが目的であり、そのためには職場の環境ではなく職場での人間関係が重要です。

 

ギャラップのQ12

 アメリカの調査会社ギャラップのQ12(キュー・トゥエルブ)の質問項目を見てみましょう。Q12とは従業員エンゲージメントを測定する代表的な調査メソッドです。以前の調査で日本の従業員エンゲージメントが他国と比べて著しく低いという結果が出たことで一時期メディアによって大きく取り上げられていました。

 Q12は正確には『マネージャーが知るべき従業員のニーズ』を調べる調査です。詳細は過去の記事をご覧ください。

従業員の生産性を向上させるために、マネージャーが満たすべき12のニーズがあります。従業員のニーズは以下の通りです。

Q1.職場で自分が何を期待されているのかを知っている
Q2.仕事をうまく行うために必要な材料や道具を与えられている
Q3.職場で最も得意なことをする機会が毎日与えられている
Q4.この7日間のうちに、よい仕事をしたと認められたり、褒められたりした
Q5.上司または職場の誰かが、自分をひとりの人間として気にかけてくれているようだ
Q6.職場の誰かが自分の成長を促してくれる
Q7.職場で自分の意見が尊重されるようだ
Q8.会社の使命や目的が、自分の仕事は重要だと感じさせてくれる
Q9.職場の同僚が真剣に質の高い仕事をしようとしている
Q10.職場に親友がいる
Q11.この6ヵ月のうちに、職場の誰かが自分の進歩について話してくれた
Q12.この1年のうちに、仕事について学び、成長する機会があった

 12項目を見れば分かるように、職場の環境に関連するのはQ2くらいであり、それ以外は上司や同僚と良好な関係性を構築できているかどうか、認め合い、高め合える関係かどうかについて問うています。このような人と人のつながりを良好にすることこそがエンゲージメントを高めるのに有効な施策です。

 まあ、そもそも考えるまでもない話で、嫌いな上司やムカつく同僚がいるような職場じゃあ働きがいも何もあったもんじゃない、という簡単な話です。誰だって良好な人間関係の中、期待されて、任されて、褒められてこそヤル気が出るというものでしょう。

 

エンゲージメントの改善と職場環境の改善は別腹

 以上より、経団連の調査に回答した企業の取り組んでいる施策、柔軟な働き方の推進やらデジタル化の推進やらは従業員エンゲージメントを高めることには資さないでしょう。

 もちろん職場の環境を改善すること自体は絶対的に良いことです。働き方改革やデジタル化は何も悪いことではありませんし、率先して推進してもらいたいものです。

 また、「エンゲージメントを高めればそれだけで充分だ」と極論に走る経営者がいるのも困りものです。それはただのやりがい搾取でしかありません。エンゲージメントは働きがいや業績に対するプラスのもので、エンゲージメントを高めたからといって離職やメンタル問題のようなマイナスが解決するわけではありません。エンゲージメントを高めるのと並行して給与や職場の環境改善で報いることも同時に行う必要があります。

 ただ、職場の環境を改善することがエンゲージメントを高めるための施策だと認識しているのは大きな誤解だという話です。お偉いさんの考えはどうにもズレてます・・・

 

 

余談

 ブラック企業の求人テンプレである「アットホームな職場です!」の方がまだ従業員エンゲージメントを高めることに繋がるという皮肉。まあ、ブラック企業はそれ以前に職場環境が腐っていますので論外ですけど。