忘れん坊の外部記憶域

興味を持ったことについて書き散らしています。

従業員エンゲージメントを強要するのは新たな表現の「やりがい搾取」では?

 人間、疲労して心に余裕が無いと批判的・他罰的になるものだと思います。

 今回はそれを自覚しつつ、しかしあえて批判的な言説を提示します。

 今回のテーマは従業員エンゲージメントに関してです。

 

 ・・・この文字列を見かける度に噛み付いているような気がする。

 

エンゲージメントが低下する

 従業員エンゲージメントに関する記事をまた見かけました。

 記事曰く、

・日本企業の従業員エンゲージメントは低い

・経営者の理念や考え方が従業員レベルまで共有されていないことが原因の一つ

・従業員が経営者の考え方に強く共感すれば従業員エンゲージメントは高まる

だそうです。

 

 もうストレートに言いますが、

おら!これがうちの企業理念だ!さあ共感しろ!

なんて言われても困ります。

 もっと口さがない露骨な言葉を用いれば、

おう、共感度合いで給料が上がるならいくらでも共感してやるよ

という話です。

 規則を守ることによる契約の維持、労働や知識を提供することに対する賃金の支払い、委託した成果物に対する報酬。組織が何かを個人に求めるのならば、それには当然対価が支払われなければなりません。企業理念への共感を強要するのであれば、それに対する対価は不可欠です。対価が無ければただの「やりがい搾取」でしょう。

 根性論的な話を見かけるとエンゲージメントが低下する人もいるので、やめて欲しいものです。

 

共感の優先度は低い

 確かに「組織の理念や考え方に賛同しているかどうか」は従業員エンゲージメントに影響する要素の一つです。

 しかしそれは組織側から押し付ける類のものではなく、共感を強要するのは論外だと思う次第です。それは程度が過ぎれば心理的な暴力になりかねません。

 そもそも一応、企業の経営理念に賛成する人が入社してきているはずですよ、建前上は。そのために志望動機を就職希望者に書かせているはずですし、就職希望者も理解して志望してきているはずです。建前上は。経営理念への共感を要求していいのは就職希望者と企業のマッチング段階であって、すでに入社して働いている従業員にいちいち押し付けるものではないでしょう。従業員はきっと皆ちゃんと経営理念に共感してますよ、ええ、建前上は

 

 過去の記事でも述べましたが、日本の従業員エンゲージメントが低いとされた調査はアメリカの調査会社ギャラップの提供するエンゲージメント調査Q12(キュー・トゥエルブ)での結果です。

 Q12は以下の12個の質問によって従業員のニーズを調査することを目的としています。

従業員の生産性を向上させるために、マネージャーが満たすべき12のニーズがあります。従業員のニーズは以下の通りです。

Q1.職場で自分が何を期待されているのかを知っている
Q2.仕事をうまく行うために必要な材料や道具を与えられている
Q3.職場で最も得意なことをする機会が毎日与えられている
Q4.この7日間のうちに、よい仕事をしたと認められたり、褒められたりした
Q5.上司または職場の誰かが、自分をひとりの人間として気にかけてくれているようだ
Q6.職場の誰かが自分の成長を促してくれる
Q7.職場で自分の意見が尊重されるようだ
Q8.会社の使命や目的が、自分の仕事は重要だと感じさせてくれる
Q9.職場の同僚が真剣に質の高い仕事をしようとしている
Q10.職場に親友がいる
Q11.この6ヵ月のうちに、職場の誰かが自分の進歩について話してくれた
Q12.この1年のうちに、仕事について学び、成長する機会があった

 このうちQ8は経営者の理念や考え方の共有に該当します。

 逆に言えばこれだけです。

 従業員がエンゲージメントを高めるためのニーズはQ8以外にも11個あることを忘れてはいけません。たとえ従業員が経営理念に本気で共感していたとしても、職場で期待されなかったり、褒められなかったり、成長の機会が無かったり、同僚や上司が仲間だと感じられなければ従業員エンゲージメントは高まりません。

 従業員エンゲージメントを高めるには経営者の考えに賛同するよりも優先すべきことがたくさんあるのだと、Q12の質問項目から分かることでしょう。

 

倫理的な課題

 従業員エンゲージメントが高い企業のほうが優れた業績を出すことは研究によって判明していますし、士気や忠誠心が高い従業員が多い方が組織が力を発揮できることに理屈はいらないでしょう。だから経営者が従業員エンゲージメントを高める施策を打つことは納得します。

 しかし、何らかの方法で従業員の心を変えて士気や忠誠心を高めることが可能であると証明され、そしてそれが企業の業績アップに繋がることが確実だとしても、それを行うことへの倫理的な課題が残ります。

 つまり一方通行の強制力を持って人の行動変容・思想変化を図る行為は、とても穿った表現ではありますが、それは洗脳に近似するものです。

 他者の洗脳が道徳的・倫理的・政治的に許されるかと言えば、それはどうにも社会での議論が必要に思えます。

 

結言

 従業員エンゲージメントを高めるには「従業員の行動を変える」よう求めるのではなく、「従業員へ接する際の経営者やマネージャーの行動を変える」ことが必要です。

 対価も無しに従業員へ共感と忠誠心を強要するのは「やりがい搾取」になりかねず、それは倫理的にどうかと個人的には思っています。