忘れん坊の外部記憶域

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企業理念の浸透と業績の関連性はどこまで実際的なのか

 ビジネス系のメディアにおいて「企業理念が従業員へ浸透している企業のほうが業績が優れている」とする言説を多数見かけます。

 またその帰結として、この言説は「企業理念を浸透させれば業績が向上する」とした意見に繋がっています。

 

 企業理念の浸透と業績の相関自体は定量的な分析結果ですので否定するものではありません。また企業理念自体を否定するつもりもありません。

 ただ、それらが因果関係なのかについては少し疑問に思っていたりします。

 

相関と因果

 企業理念の浸透と企業の業績に相関があることは国内外の研究によって報告されています。

https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0263237315000444?np=y

企業理念と人事制度の浸透に関する定量調査 - パーソル総合研究所

 

 上記のリンクは一例で、他にも様々な研究から企業理念の浸透と企業の業績には正の相関があることが分かっています。

 もちろん必ずしもそれが個別企業に当てはまるわけではなく、企業理念の浸透が無くとも業績が向上している企業があることも報告されてはいます。

http://hokuga.hgu.jp/dspace/bitstream/123456789/4062/1/%E7%B5%8C%E5%96%B6%E8%AB%96%E9%9B%86%20%E7%AC%AC18%E5%B7%BB1%E5%8F%B7_03_%E9%87%91%E5%85%88%E7%94%9F.pdf

 

 とはいえ一般化した結論としては「企業理念の浸透と企業の業績には正の相関がある」と述べてしまってよいでしょう。

 

 ただし、これらは研究者も述べているように必ずしも因果関係ではありません。また各国ごとに異なる労働環境の影響も無視することはできません。

 例えば最初にリンクを貼った海外の研究結果では、この相関関係の理由を「企業理念として掲げられた価値観が、有能な人材を惹きつける要因となっている」と推論しています。

 しかしそれは労働市場の流動性が高い場合にのみ適用される理屈であり、変わりつつあるとはいえ未だ海外と比較すれば労働流動性の低い日本の労働市場において企業理念がそこまでの誘因性を持つかと言えば、それには少し疑問符が付きます。終身雇用の価値観では企業理念よりも将来性や福利厚生のほうが重視されると考える人もいるでしょう。

 また国内の研究結果では企業理念の浸透と企業の規模にも強い相関が示されています。すなわち「企業理念の浸透している企業は業績が良い」のではなく「業績が良い企業は企業理念を浸透させるような活動をする余力がある」といった可能性を捨てきれません。

 

 以上より、各種研究によって相関関係は確認されているもののそれが因果関係とは断定できず、「企業理念を浸透させれば業績が向上する」は証明されていません。メディアの商売的には断定的に述べたほうがいいのでしょうが、学術的研究を歪曲せず率直に引用する謙虚な姿勢のほうが好みです。

 

結言

 企業理念は無駄だと述べたいわけではありません。企業理念の浸透と業績の相関に関しては多数の研究結果より事実でしょう。

 ただ、その相関関係を因果関係と認識し、「企業理念を浸透させれば業績が向上する」とするのは誤解ではないかと考えています。

 

 また、企業理念の浸透自体は悪いことではないどころか今後はより重要になっていくことでしょう

 海外の学者が述べるように「優れた企業理念は有能な人材を惹きつける要因となる」ことは労働流動性の高い社会では実際的かと思われます。

 そして現代の日本の若者は欧米社会以上転職へ積極的です。

 「つらくても転職せず、一生一つの職場で働き続けるべきである」と回答した比率は日本と韓国のアジア組が低く、逆に欧米は高い結果です。欧米のほうが転職に積極的だという言説は、少なくとも現在の若者に対してはステレオタイプによる誤解だと言えます

 参考として、10年以上前であれば日本が高く、欧米は低い比率でしたが、それがここ10年くらいで逆転しました。

 

 つまり今どきの若者はより良い企業に転職することを積極的に嗜好しており、そういった若者は企業がどのような企業理念を持っているかも見ています。

 よって企業がより優れた企業理念を設定して組織内に浸透させることは決して悪いことではないどころか、有能な若者を引き寄せるため、今まで以上に必要な行動となっていくことでしょう。