忘れん坊の外部記憶域

興味を持ったことについて書き散らしています。

不具合選別の思ひ出

 

 なんとなくの昔語り。

 

「選別」

 不具合選別、或いは選別という言葉は製造業に勤める人間ならばある程度の比率でご存じかと思います。この場合の"選別"は自社内での検査工程ではなく顧客工程での不具合品捜索を意味する言葉で、人によっては耳にするのも恐ろしい単語です。

 

 選別をとても大雑把に言えば、納品した製品に不具合が見つかったため顧客へ赴いて他の不具合品を探す行為です。顧客の製造ラインや製品倉庫に行き、納品済みの他の自社製品に不具合品が無いかをひたすら探し回ります。

 1個でも不具合品が見つかれば最低でも同ロット品は全部見直す必要があります。そして工業製品はたくさん数を作りますので、100個納品していれば100個から、1000個納品していれば1000個、10000個納品していれば・・・ああ、もうこれ以上は想像するのも恐ろしい話です。

 

 選別は製造業に勤める人間の中でも認識に差異があります。

 基本的には不良品が生じると余計なコストが掛かるため全数良品を目指すほうが一般的でしょうが、製品によっては単価が安く不具合品を選別して捨ててしまったほうが合理的な場合もあります。また、物理的に選別が必須となるような製品もあるため、選別を当然とする職場もあればそうではない職場もあります。

 私の勤める業界では、まあひと昔前までは時々選別が生じていましたが、現在はppmオーダーで管理しており不良品は出さないことが前提です。私くらいの世代だと選別を経験した回数も指で数えるくらいでしょう。

 

 そんなわけで業界や世代によって差異はあるものの、大抵の製造業労働者にとって選別とはお基本的に起きて欲しくない恐ろしい事態を意味します。

 

不具合選別の思ひ出

 入社して何年目かは忘れたが、たしか2年目くらいのペーペーの頃だったと記憶している。

 まだ働き方改革なんて気の利いた発想は世間になく、徹夜まではそうそういかないものの深夜まで何人もの人間が職場に残っていたような時代だ。特に昔の若い衆には仕事を覚える名目で遅くまで残業していた奴もいる。まあ若者側からしても金はあるに越したことはなく、有り余った体力を残業代に変換すること自体はそこまで悪い取引ではなかった。

 私もそこそこの残業をしていたし、その日も残業をしていた。

 

 あれは冬の寒い夜だったと思う。

 21時頃、通常であれば大人しくなっているはずの品質保証部の電話が鳴り響いた。残業で残っていた人々全ての間に緊張が走る。こんな時間に品質保証部へ来る電話なんて大抵はろくでもない内容に決まっている。

 案の定面白くない内容のようだ。電話を終えて受話器を置いた品証部員が各部署の管理職に召集を掛けている。夜中だというのに勢揃いしている管理職が集まり、なにやらごちゃごちゃと調整をし始めた。

 

 君子危うきに近寄らず。我存ぜぬを貫き通そうとデスクに向かっている私の仕事を止めたのは、もちろん我が部の部長だった。

「不具合品が出たらしいから選別に行って欲しい。今日はもう遅いから明日から始めるが、明日行けるか?」

 行けませんと言っていいものか。いや、言いわけがない。フロアを見渡してもくたびれたおっさんばかりで、手頃な犠牲者となる若者は私しか居ないのだから。

「よし、頼んだ。明日の朝4時に出発だそうだ」

 早えよ。

 いや、しかし今から出発するよりは幾分かマシだ。そう思うしかない。

 

 白羽の矢を直接突き刺された哀れな4人の人間が翌日の早朝から会社に集合し、社用車に乗って旅立つ。4人とはなんとも少ないが、選別の規模によっては第二陣以降も編成されるだろう。何はともあれまずは先遣隊としての責務を果たさねばならない。

 幸い知った顔しか居ないが、車内は重苦しい空気だ。それはそうだ、決して楽しいイベントではないのだから。ペーペーの生贄若造に変えられる空気などここには無い。

 

 朝食を取る間もなく数時間の車旅を終えて顧客の工場に到着する。海外顧客と比べれば極めて近距離であり、飛行機ではなく車で行ける距離だなんて今回は実に運が良い、と思い込む他ない。

 迎え入れてくれた顧客の担当者は当然のように仏頂面だ。歓迎ムードなんて期待はしていなかったが、まあ仕方がない。お互いにご機嫌な要素は一つもない。

 担当者に連れられて製品倉庫へ赴くと、そこはだだっ広いことだけが取り柄の大きな倉庫だった。暖房設備なんて当然備わっていない。屋内だというのに寒さで体が自然と震える。

 

 今回不具合品と判定された製品はBtoBで販売している小さな機械だった。その機械に部品が1つ付いていないことが顧客の工程で見つかった、とのことらしい。

 部品が付いていなければ機械は機能しない以上、弊社の性能検査や出荷検査で絶対に見つかるはずだ。だが、残念ながらお客様は神様だ。部品が付いていないと言い張られては、まずはそれに頷いて後日の厳密な調査が終わるまでは辛抱するしかない。

 顧客の製品倉庫には大の男二人でようやく持ち運べるサイズの最終製品の山が積まれている。すでに組み上がってしまったこれらを一つ一つバラして、小さな機械に部品がちゃんと付いていることを確認しなければならない。

 たった4人で。朝っぱらから、アホみたいに寒い倉庫の中で。

 

 午前中はまだ皆元気だった。私と二回り年上の兄ちゃん2人で荷運びをし、残りの2人が良品検査をする。4人しかいないが作業を分担してどんどん選別を進めていった。

 予想通りの想定通りに不具合品は1個も見つからなかったが、良品であることをチェックすることにも意味があるので止めることはできない。

 

 雲行きが怪しくなりだしたのは12時頃。

 顧客の工場内で勝手に出歩くわけにはいかないので、普通こういう時は担当者が「お昼ですので、昼食にしましょう」と休憩を挟むものだが、あの仏頂面のおっさんはこちらの存在を忘れてしまったらしい。我々4人は作業を止めるタイミングを見失ったまま、ひたすら選別を続けることになった。昼食休憩どころかまだ一度も休んでいない。

 

 15時。

 空腹と疲労が全身に伸し掛かってくる。寒い倉庫だというのに汗が止まらない。ベテランのおじいちゃんに重労働をさせるわけにはいかないとメンツの中でも一番若手だった私が率先して重量物を運んでいたため、そろそろ限界を感じ始めていた。朝から休憩なしのノンストップ作業はさすがに若さでも誤魔化しきれない。

 

 17時。

 作業開始から10時間。視界が霞み始める。午前中の歓談はどこへやら、もはや誰も一言もしゃべらない。口を開く体力すら惜しい。水分補給すらしていないので喉が渇いて仕方がない。汗はもう流れ出ず、むしろ寒さで体が震える。

 

 20時。

 ついに倉庫にあった在庫全ての選別が終わった。仏頂面のおっさんが「今日は帰っていい」と言ったため、ふらふらと4人で社用車に戻り顧客の工場を後にする。日帰りできるなんて運が良い、と今日何度目かも忘れた自己暗示を脳内で繰り返す。

 「とりあえず、まずは食事に行こう」

 ベテランおじいちゃんのその一言だけが救いだった。

 

 

 ちなみに翌日判明したことだが、顧客の中間工程を請け負っている下請け会社が誤って作業中に部品を外してしまったらしく、外された部品が下請け会社の工場で見つかった。

 つまりうちの責任では一切無かった

 まさしく徒労である。

 その後の会社間でのやり取りは知らないが、一応の落としどころは定まったらしい。

 

結言

 当時一緒に行ったベテランおじいちゃんはもう定年退職済みですが、在職中にこの日の選別を話題にする度、実に渋い顔をされたことを覚えています。

 

 他にもいくつか過酷な選別を経験したことがありますが、まあこの辺りにしておきましょう。もう選別なんて私にとっては遠い昔の話になりました。

 何が言いたいかというと、「選別は怖い」ということです。

 色々な意味で。

 なにはともあれ、ただの昔話です。