上司「えー、皆。業務連絡なんだが、今後は若手の社員に対してもっと優しく接するように、という指示が上からありましたので、気を付けてください」
私「今年はOJT担当してないんで気楽な立場からの意見で申し訳ないんですけど、教育担当の中堅達はそこそこ若手と歳も近いんで、正直そんなに厳しい態度取ってないと思うんですけど、これ以上どうすればいいんです?」
上司「こう、間違えた時には叱らず、とにかく褒めて伸ばせ、という意向だ」
私「会社は託児所や学校じゃないですよ。まあそれはそれとして、我々中堅社員は皆、結構若手を褒めてると思うんですけどね。むしろ我々レベルじゃなくてもっと上の人達がちゃんと褒めてあげないと駄目だと思うんですけど。お偉いさんが褒めてるところ見たことないですよ」
上司「まあ、上からの指示だから従ってくれ」
私「そもそもうちのチームに若手を怒るタイプの人はいませんよね。ああ、いえ、もちろん上の意向は理解しますし指示には従います。褒めて伸ばすこと自体も否定しないです。でも、それだけに傾注すると外に出せるエンジニアは育ちませんよ?」
上司「それは仕方がない、上の意向だ」
褒めて伸ばすのは当然
「褒めて伸ばす」ことを否定したいわけではありません。誰だって怒られたり叱られるよりは褒められたいものですし、褒められることによって「もっと頑張ってもっと褒められよう」と前向きに努力する人は大勢居ることでしょう。
今のご時世では物質的豊かさが十分に満ち足りており、物理的なものよりも精神的なものを重視するように世の中全体が変化してきています。『人の気持ち』というものを重視し、世の中が子どもを褒めて伸ばすという風潮になっている以上、そういった教育を受けてきた若手を受け入れる企業側も教育方針を沿わせる必要があることは間違いありません。
「教育を受けるというのは褒められるということだ」という刷り込みを消し去るのは不可能であり、変革が必要なのは若者側ではなく企業側の体質です。
だからこそ、褒めて伸ばす効果は否定しませんし、企業側が若手を優しく取り扱うことも悪いことだとは思いません。
「この程度で褒められるのならば別に努力しなくてもいいや」と増長してしまう人が居ることもまた事実ではありますが、そのデメリットを込みとしても褒めて伸ばすことには利点があり、決して否定できるものではないと考えています。
お客様が褒めてくれるといいのにね
ただ、この方向性には一つ致命的なデメリットがあり、私はそれを懸念しています。
それは、そうやって育てた若手は外に出せなくなる、という欠点です。
蝶よ花よとばかりに純粋培養してきた箱入り若手は、褒めて育てられることには慣れていても叱られたり怒られたりすることには慣れていません。そのような温室育ちには厳しくしないよう、社内であれば業務命令を発令してコントロールすることも可能でしょう。
しかし、社会を経験した人ならば誰もが知っていることですが、
世の中にはぶっ飛んだお客様が実在する
・・・じゃないですか。
キレ散らかす顧客、言動が理解できない顧客、自分勝手な顧客、我儘な顧客、高圧的な顧客。エトセトラ、エトセトラ。社会という空間には魑魅魍魎が如く、我々の常識では捉えることができない不思議な妖精のようなお客様が数多存在しています。
この妖精というのは神秘的でクリーンな意味合いではなく、人に悪さをする類のコボルトやゴブリンのような精霊を指します。魑魅魍魎というくらいですのでむしろ妖怪のほうが近い表現かもしれません。
そのような妖怪変化が世の中には無数に存在しており、確率論に従っていずれは否応なしにぶち当たってしまうことがある、という(嫌な)現実を教えることもまた教育だと思う次第です。
ひたすらに「褒めて伸ばす」を実行し純粋培養してきた若手はそういった妖怪への対処方法を実地的に学ぶことができません。その結果、大事に大事に育ててきた若手が顧客に潰されるということが起こってしまいます。世の中の魑魅魍魎を一掃することが現実的ではない以上、それを避けるためには「温室の外に出さない」、つまり外に出さないという方法を取るしかありません。
「だから若手は叩いて育てるべきだ」なんてことを言いたいわけではないのです。
しかし営業職や技術職のように外へ出して顧客とやり取りをすることが仕事である職種の若手に対しては、「外にはこんな妖怪が居るから気を付けましょう」というシミュレーションや免疫獲得を行うことも有益だと考えています。「褒めて伸ばす」ことは当然必要ですが、それだけでは不足であり、必要に応じて叱られるという経験が不可欠だと、そう思っています。
つまりはバランスの問題であり、「とにかく叱れ」でも「とにかく褒めろ」でもなく、両方を用いて教育を行うべきではないでしょうか。
余談
「社内ならコントロールできるって言うけど、社内にも妖怪はいっぱい居るよね」
「・・・まあね」