忘れん坊の外部記憶域

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組織の質は人事によって決まる

 少し前、管理職の方がこっそりと中堅以上に相談してきました。

「最近の若手がなかなか育たない、どうすればいいだろうか。」

 私はとても素直な人間なので正直に答えることにしました。

「諦めてください、改善を検討するならばまずは人事部門です。」

組織の質は人事によって決まる

 組織とは人の集まりです。組織のどこに誰を配置するかによって組織が発揮できる能力には雲泥の差が出ます。人と関わるのが苦手な人を営業部門においても成績は上がりませんし、集中力が持続しない人を生産部門においては事故の元です。考えるのが苦手な人を企画や開発においても良い結果は出ないでしょう。人には当然得手不得手があり完全無欠な人材のみを雇うことなんてできない以上、それぞれの適正に合わせて適材適所を決める必要があります。

 よってその組織において最も優秀な人こそ人事部門に配置しなければいけません。組織の内外や構成員の全てを把握し、組織が最もパフォーマンスを発揮できるように適材適所を決められる能力がある人が人事部門に居なければ、組織はムダと軋轢によって貴重な資源を浪費することになります。

 よく人事部門は出世コースだと言われますが、それは「人事だから出世コース」というわけではなく、そこに配置されるのが優秀な人だから出世しやすいというだけのことです。

 さらに言えば著名人や偉人が評価される「人を見る目」というのは優秀な人でないと持っていないものです。当たり前のことですが優秀な人でなければ優秀な人を見抜くことはできません。

事例(フィクションです)

 ある会社では数年前に人事部門の世代交代ということで管理職や担当を含めてゴソッと入れ替えました。管理職の人はとても有能でしたが出世コースに乗っていますので他部署を経験するために異動することになり、担当者も有能だったので別の部署の管理職になりました。その結果人事部門の人不足が当然ながら発生したため、他部署から適当に引っこ抜いてきた人事の経験が無い若手~中堅で再構成されることになりました。

 彼らは採用も担当していますが、人事の経験が無いために面接に来た学生が優秀かどうかを見抜く「人を見る目」を持っていません。よって学生の採用基準を「潜在能力の有無」ではなく、見て分かりやすい「真面目そうかどうか」と定めることにしました。

 その結果、採用される学生は見た目も真面目、言動も真面目、に見える学生ばかりとなりました。能力の有無は採用時に問われていないため、仕事が出来るかどうかははっきり言って宝くじやギャンブルの類と同じで分かりません。運良く能力も合わせ持っている場合はありますが、配属予定先の求める能力が無い場合も多々見受けられます。

 残念ながら、能力の無い人を伸ばすことは難しくあります。過去の記事でも書きましたが、人が成長できるかは「能力」と「態度」によって決まります。 

 態度は後天的に変えることができますし、一応真面目風な学生を採用しているのである程度は素直で真面目な人が多いです。いや、人事が人を見る目を持っていないので真面目風なだけの不真面目な人も結構な比率で混ざっているのが困りものではありますが。

 しかし能力はどうにもなりません、能力と態度は掛け算のため、10×10=100伸びる若手もいれば、どれだけ態度が優れていても1×10=10しか伸びない若手も出てきます。酷い場合は1×1=1です。これを伸ばすのは自然法則に反するレベルで難しいです。

 さらには採用後に適性を見て能力を発揮できる適材適所に割り振ればいいものを、人事部門にその能力が無く人員数の予定通りに分配するだけのため各所でアンマッチが発生してしまっています。人事の能力が不足しているばかりに、適性が合わずに伸びることができない若手とそれを抱える管理職が各所に存在するという誰も幸せにならない結末が訪れるのでした。

 この物語はフィクションです、と再度言い張っておきます。

結論

 組織の質を高めるのであれば、とにかく「人を見る目」があるとびきり優秀な人を人事部門に配置しなければいけません。

 「力学知りません、図面描けません、というか物理とか数学とか理系の学問は苦手です。分数の割り算は忘れました。」という人を技術部門に配属されても困るということです、育てろって言われてもどうにもならんのです。機械設計に配属するならせめて4力くらい分かる子を連れてきてくれと言いたいのです。(フィクションですよ)

余談

 「東大の先生! 文系の私に超わかりやすく数学を教えてください!」という本を買いました、目的は内緒ですが、内容が良ければ人に紹介する予定です。