忘れん坊の外部記憶域

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対等よりも相互の敬意を:関係性の縦横

 今どきの若者は「横の関係」を好むと評されることがあります。

 横の関係とは、親と子ども、上司と部下、先輩と後輩、そういった上下性のある「縦の関係」ではなく、友人関係のような対等な関係を意味します。

 若者が横の関係を好んでいることが事実かはさておき、確かに著名人であっても一般人がSNS上で気軽にコミュニケーションが行える現代社会においては、縦の関係よりも横の対等な関係が好まれていることは妥当な分析かと思います。

 他にも、店員に威圧的な態度を取る客や学校に常識外の要求をする親などが社会問題化していますが、これらがお金をもらっている提供側とお金を払っている顧客側の上下関係に起因するものだとして縦の関係を否定的に論じる傾向もあります。対等な関係であればこういった問題は生じない、問題なのは上下関係だ、そういった論調です。

 

 ただ、技術屋の目線からすると対等な関係は理想的かと言えばそうでない場合もあることに注意が必要だと思っているため、人の関係性について少し述べていきます。

 

対等な関係性の弊害

 まず大前提として、全ての状況において対等な関係性を構築することは不可能です。人にはそれぞれ持っている情報や能力に違いがありますし、付与されている権力を均質化することはできません。患者は医者よりも医学知識を持っていませんし、子どもの生存は親に依存していますし、部下との権威勾配があるからこその上司です。

 それを無視して対等な関係であるかのように装うことは欺瞞に他なりません。むしろ「我々は対等だから、こちらも要求するのでそちらも自由に要求すればいいじゃないか」と強者側が弱者側へ威圧的になりかねず、強者が持つ権力性に無自覚となる危険すらあります。

 

 また、実際に対等な関係性を構築できたとしても今度は別の問題が生じます。それは日常ではない緊急事態での対応です。対等な関係では指揮や指導、指示や命令が機能しにくくなり、喫緊の事態に対応できなくなります。

 顕著な例としては飛行機の機長と副操縦士の関係が挙げられます。

 かつては機長の権力が絶対で、決して越えられない強固な上下関係が存在していました。機長が過ちを犯したとしても副操縦士や航空機関士がそれを指摘することができずに墜落事故に至った事例すらあります。

 その後、事故の原因は上下関係だとして航空業界では機長と副操縦士を対等な関係にしたことがあります。しかし今度は機長と副操縦士の意見が合わず、それぞれが別の行動を取ろうとして墜落事故に至りました。

 そういった教訓から、現在は機長と副操縦士の上下関係が明確に必要だとされており、機長は意思決定権を持った明確な意思決定者であるものの、しかし下が上に意見すらできないほど権威勾配が大きくならないよう過度ではない関係性が意識的に設計・教育されています。

 

 これは他の上下関係でも同様です。医者は患者に対して明確に指導しなければならない時がありますし、子どもが危険なことをしていたら親は権威と権力を持ってそれを止める責任があります。部下を指揮し指示を出すことは上司の職責です。対等な関係という隠れ蓑に逃げて適切に権力を行使しないことは上の責任逃れと言わざるを得ません。

 厳しい物言いとなりますが、「対等な関係」のベールは、一見弱者に優しく見えて実際は強者の権力性を覆い隠し責任回避になり得ることから、強者に有利な理屈です。

 

必要なのは対等性よりも相互の敬意

 対等であることが理想ではないとすれば、どうすればよいか。

 それは簡単な話で、相手を一人の人間として尊重し、敬意を示すことです。

 人々が均質的な存在ではない以上、上下性は否応なしに現出します。しかし別に対等でなくとも上下があっても問題はありません。

 問題なのは上下そのものではなく、上下に基づいて相手に敬意を持たない対応をすることです。必要なのは上下性の解消ではなくリスペクトです。上下の権威勾配が過大になり相手を人間として扱わなくなることが問題であって、互いに敬意をもって一人の人間として尊重し合うことができれば上下関係であっても物事は円滑に問題なく進みます。

 尊敬とは『相手の人格や行為を素晴らしいものだと認める』行為です。立場の上下は関係ありません。互いに敬意を示すとは、他者の立場で態度を変えることではなく、他者の人格を認めることに他なりません

 もっとはっきり言えば、上下関係とは立場の上下であり、人格の上下ではありません。立場が上の偉い人は人格的にも優れているなんて、ただの儒教的幻想です。「立場が上の人は人格的にも優れているべきだ」とする規範意識は必要でしょうが、それは規範であり、実際に人格が優れているかどうかの証明にはなりません。