忘れん坊の外部記憶域

興味を持ったことについて書き散らしています。

教育側の学習性無力感によるデフレスパイラル

 新人や若手の企業内教育について、私は基本的に楽観主義で挑んでいます。

 理工学部で基礎を学んできた若者であっても実務で活躍できる技術屋に育つまでには何年も掛かります。それだけの長期間、新人や若手がこちらの思った通りに育つなんてゼッタイに有り得ない話です

 人はつい直線的に物事を考えてしまいますが、人の成長は直線的には進みません。指数関数とまではいかなくとも、個々人で異なる曲線を描きながら伸びていきます。さっぱり伸びなかった人がある時から急激に頭角を表したり、逆に抜群だと思っていた秀才がある時期から伸び悩んだりと、実に様々な様相を呈するのが自然です。

 それを理解していれば、たとえすぐに才覚を示せなかったとしても焦りや苛立ちを感じることはなくなります。個人の特性に合わせて教育ペースを見直していけばいいだけの話です。

 

教育を受ける側の学習性無力感

 人材育成において気を付けることは、学習効果が目に見えず新人や若手が自己効力感を失うことで学習性無力感に陥って教育を受け取れなくなることです。

 学習性無力感とは読んで字の如く学習に基づく無力感を意味する言葉で、何をやっても状況が改善しない場合に状況を改善する行動すら取れなくなる状態です。人は経験から学ぶもので、例えば上司が何を言っても聞いてくれない人である場合、部下は「どうせ何を言っても無駄だ」と進言すらしなくなります。その際に部下が感じている心理を学習性無力感と言います。

 

 新人や若手は組織に馴染み新しい仕事を覚えるため高ストレス環境下で努力をしています。よって小さな成功体験すら得られず日々の努力に成果が見えないと「こんなに努力しても駄目ならば努力する意味がない」と容易に学習性無力感へ陥りかねません。教育側はそれを常に意識し、適切な成功体験を得られるよう教育を設計する必要があると考えます。

 

教育をする側の学習性無力感とデフレスパイラル

 さらに恐れるべき事態は、教育側が学習性無力感に陥ることです。

 新人や若手の成長は直線的ではないことを教育側が理解していない場合、「これだけ時間を割いて教えているのに全然育たない、教える時間が無駄だ」と学習性無力感に陥り教育を放棄することが稀にあります。そうなると新人や若手は教育を受け取ることができず、予言の自己成就ではありませんが本当に育たなくなります

 特に専門職の場合、新人や若手のやる気だけではどうにもなりません。独学で辿り着ける領域は狭くて浅く、一人前になるためには適切な教育が必須であり、教育を受け取れないと伸びしろがほとんど無くなってしまいます。

 適切な教育が受けられないせいで日々努力をしているのに成長できなくなった新人や若手は、そこから生じる学習性無力感によって努力をしなくなり、その結果生じるのは成長が完全に停止する負のデフレスパイラルです。

 『教えないから育たない、育たないから教えない』

 このような学習性無力感の負の連鎖は人材育成において忌避すべき恐ろしい事態です。

 

阻止すべきは教育側の学習性無力感

 教育側の気持ちも分かります。頑張って教育してもなかなか上手く伝わりませんし、掛けた時間と成長は比例しないものです。教えるだけ無駄な気がすることは多々ありますし、実際に無駄になることだってあります。教育の成果は他者に依存せざるを得ない点でアンコントローラブルなものであり、人によっては大きなストレスを感じることでしょう。

 ただ、教育側がそこで学習性無力感に苛まれてしまうと本当に成長が止まってしまいます。それは教育に用いる目先のコスト削減にはなるかもしれませんが、長期的に見れば誰にとっても不幸な結果にしかなりません。組織は弱体化し、教育側は後進が育たないために昇進やキャリアアップを断たれ、新人や若手は人生の機会を失います。

 

 新人や若手が学習性無力感に陥っただけであれば、まだ救いはあります。いくつかの成功体験を設計すれば持ち直す可能性がありますし、若者の意識は日々変わっていくものです。ふとしたきっかけによって成長の芽が出ることだってあります。

 もちろん能力や人格が必ずしも職場とマッチするわけではなく、まったく芽吹けないこともあります。しかしそれでも教育側が学習性無力感に陥って教育の流れを止めることのほうが問題です。「種が悪い」と教育を放棄して土も肥料も水も捨ててしまっては、次に良い種が来た時に育てることができなくなります。たとえ今回は芽吹かなかったとしても、教育の流れは止めず、人材育成を連綿と継続するための生育環境を残すことは必要です。

 よって組織は教育側が学習性無力感に陥ることこそを阻止すべきです。

 

結言

 教育とは根気が必要なものです。

 負のデフレスパイラルに陥るトリガーは教育側にある以上、教育側が学習性無力感に陥らないよう人事・教育システムを整備することが組織や管理者の役目だと考えます。