忘れん坊の外部記憶域

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設計が”できる”のレベル感:機械設計者に求めたい技能

 大ベテランにはとても敵わない中堅技術者が語るには大上段過ぎるテーマではありますが、今の時点での考えを残してみます。

 

図面を引ける≠設計ができる

 新人には図面の引き方を比較的早期に教えます。設計部署に配属される新人は学校で製図を学んできている子がほとんどですが、業界のスタンダードや組織内の作図ルールなど教科書以外のことを教える必要があるため、製図のお勉強は必須です。

 

 そうして図面が引けるようになった新人は設計者として一人前かと言えば、当然そうではありません。絵が描けるだけではまだ途上です。

 もちろん製図が出来るようになれば過去の設計を流用してそれっぽい図面をこさえたりと目先の業務は多少こなせるようになります。

 ただ、それは設計ではありません。設計者は図面を引くことが仕事ですが、設計の本質はシステムを具体化するために必要なことを検討することであり、図面はその成果物に過ぎないからです。

 ただバットを振れる人をプロの野球選手とは呼ばず、ただ絵を描ける人をプロのイラストレーターとは呼ばず、同様に、ただ図面を引ける人を設計者とは呼びません。

 

機械設計者に求めたい技能

 機械設計者と名乗るのであればさすがにこの程度は持っていて欲しいと思う能力を思い付くまま列挙してみましょう。

 

 まずは要素知識として、基礎的な数学・化学・物理の知識は最低限欲しいです。物理は言うまでもなく、数学は代数・幾何・解析のどれも使いますし、設計の是非を判定するためにも初等的な確率論は不可欠です。化学を知らないと材料一つまともに選べません。

 当然と言ってはなんですが機械力学・材料力学・熱力学・流体力学の4力は必須です。後は扱う機械によって変わりますが、他にも機構学・摩擦学・電磁気学など必要になる工学分野はたくさんあります。さらに具体的な部分では加工や工具、金型や樹脂成型など細部の理解も必要です。

 未来を分析するためには統計と確率で評価する以外はない以上、応用数学と統計学も必須と言っていいでしょう。

 観察・測定・実験、すなわち科学的思考の基本についても充分な知見が必要です。何をどう観察し測定し比較するかは手法や道具への理解が欠かせません。合わせて問題解決手法や品質管理手法についても学ぶ必要があります。

 後は法律や規格も知っていなければなりません。各国各地域の法律や通達、業界規格や産業規格は「知っていて当然」「知りませんでしたは許されない」世界です。

 

 次に具体的な設計知識として、教科書的な事柄を実務で使うための具体的な計算・解析・評価の知識が必要です。それは応力や撓み、塑性変形や破壊の計算といった設計対象の分野を問わない範囲に限らず、扱う機械に応じて必要な機構・部品・強度・熱・音、そういった要素を理論的に取り扱える必要があります。他にも工具の使い方や接合技術など、材料・工程・組立・加工・金型などに関わる具体的な知識が無ければ適切な設計を行うことはできません。

 さらにはモノの形が作れるだけでは足りず、設計した製品が腐食や劣化といった将来的な変化に耐えられるかの化学的な知見と試験方法への理解も必要でしょう。

 もちろんこれらが関連法規に準拠しているかの評価に関する知識も不可欠です。

 

 このような知識の土台の上にようやく製品知識が載せられます。設計する機械がどういった原理でどう作動するか、どこでどのように取り付けてどう使われるか、バッドノウハウやバッドプラクティスの理解、既存品の設計意図・ノウホワイの把握、生産工程や帳票管理の理解、サプライヤーの設備や能力の把握、品質保証のやり方、梱包や物流、競合他社の製品、生産計画や調達方法の認識、原価や損益の計算方法、他にも様々な実務理解が必要です。

 

 さらに製品に関連する付帯知識も不可欠です。類似品の過去トラや設変の履歴と内容の把握、サプライヤーの履歴や経緯、設計計算の根拠とその管理、どこにどの資料がありどういった情報が保管されているか、社内外で誰が何の情報を持っているか、そういった間接的なことも知っていなければなりません。

 

 このように設計者にはそこそこに幅広い知識が求められます。細かく挙げていけばまだまだキリがありませんが、扱う機械を限定しなければこんな感じでしょうか。

 

結言

 品質の定義は「本来備わっている特性の集まりが、要求事項を満たす程度」です。

 よって良い設計とは、要求を満たす性能を適切なコストで環境負荷を少なく求められる期日で提供する、そういった総合的な要素を含意します。ただ動くだけの機械は良い設計品質とは言えません。さらに厳しく言えば、資源採取から廃棄・リサイクルまでの製品ライフサイクル全てを考慮して要求事項を満たすことが良い設計です。

 だからこそ、優れた設計者は川上・川下の仕事を全て把握しています。どのようにモノが計画されて、どのようにモノが製造されて、どのようにモノが調達されて、どのようにモノが組み立てられて、どのようにモノの品質が保証されているか、良い設計にはそれら全てに関する理解が不可欠です。

 厳しい話ではありますが、設計部署のことしか知らずに上流・下流の仕事が分からないようでは、たとえ図面が引けるとしても設計者ではなく、ただの図面屋に過ぎません

 なんにせよ、優れた設計者になるためには長い時間と訓練、そして経験が必要です。