忘れん坊の外部記憶域

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「台湾有事は日本有事」とされる軍事的な理由

 「台湾有事は日本有事か」と言えば、有事の定義が武力に訴えるような事件や事変が起きることである以上、ほぼ確実に日本有事です。政治や経済ではなく、単純に軍事的な側面からそうなります。

 今回は軍事の理屈をなるべくシンプルに整理してみましょう。

 

兵站線の確保

 国同士の戦争は互いに軍隊を前線に放り込んでドンパチをやったら勝ち負けが決まって終わり、とはなりません。どちらかの政府が降伏して軍事的抵抗が無くなるまでは戦争が続きます。短期で終わる戦争は極めて稀であり、相当な戦力と士気の差が無い限り大抵は長引くことが多いです。

 台湾の場合、もし中国が軍事侵攻をしたとして、さらに周辺国が援助を行わずに台湾単独で防衛した場合でも、中国軍が台北の総統府を占領するまでには10週間程度掛かるとアメリカのシンクタンクによって予測されています。なお、日米が台湾を手助けする場合は中国側の必敗です。

 

 たくさんのミサイルと飛行機を飛ばして軍艦で兵隊をドーンと送り込んでババーっと戦えば相手が降伏してお終い、と戦争をイメージする人がいるかも知れません。極端な国力差があればそういった会戦で終わることもありますが、実際はもう少し複雑です。

 まず、ミサイルや空爆だけでは戦争は終わりません。地上戦力は隠しておくことが可能だからです。兵隊も武器も掩体壕やシェルターに入れて被害を軽減することができるため、攻撃側は必ず兵隊を出して土地を占領する必要があります。それは世界的に見ても圧倒的な空軍力を持つアメリカが、それでも中東にわざわざ地上戦力を派兵していたことからも分かるかと思います。

 そして現代の戦闘は資源の消費量が極めて多いものです。かつて銃が登場する前であれば体力と糧食の続く限り戦えていた軍隊も、現代は弾薬の補給を受けなければすぐに戦闘能力を失います。

 たとえ大量の艦船を用いて飽和攻撃によって兵隊を上陸させたとしても、補給線が確保できなければいずれ全滅するだけです。

 

 よって軍事侵攻をする場合は補給線の確保こそが最大の課題となります。

 台湾のような島嶼への侵攻では空か海を経由して補給を行う必要があります。しかし首尾よく港や空港を占領したとしても、海と空は広く補給線を維持するのは困難です。

 特に中国軍にとって海は厳しい環境となります。海には事前に発見することが難しい日米の潜水艦が潜んでいるからです。米海軍最強の第七艦隊の存在も脅威となります。空も過酷です。地上や海から対空ミサイルがいつでも飛んできますし、アメリカの航空機はスペックで中国軍の航空機に勝っていることから台湾周辺での航空優勢を長時間確保することは困難でしょう。

 よって中国がもし台湾への軍事進攻を決意した場合、真っ先に行うことは航空機と空港への攻撃です。理由は簡単で、潜水艦は航空機と違って事前に排除することが難しく、航空機は駐機している状態が一番無防備で破壊しやすく、滑走路を破壊してしまえば航空機は目先の脅威では無くなるためです。日米の航空機さえ阻害してしまえば侵攻初期の補給線を極めて確保しやすくなります。その根拠として、戦略国際問題研究所(CSIS)は台湾有事の分析において日米の航空損失が極めて大きくなると評定しており、その被害のほとんどは地上での破壊です。

 つまり台湾有事において真っ先に被害が生じるのは台湾・日本・アメリカの空港です。被害範囲は中国側が分配する戦力次第ですが、台湾は民間・軍共に確実で、日本は主に空自の基地が攻撃を受けますが戦力次第では民間空港への攻撃も視野に入っており、アメリカは在日米軍基地とグアムが確実に被害を被ります。

 

結言

 航空戦力を真っ先に潰さないと中国は補給線を確保できず軍事侵攻ができないため、空港と航空機が最初の攻撃対象です。よって台湾有事が起こる場合はほぼ確実に日本の領土と日本人にも被害が生じることになります。

 「台湾有事は日本有事」と言われているのは武力行使が台湾だけでなく日本国内でも生じるからであり、日本が参戦するかどうかの政治的な意思は関係がありません

 台湾有事は対岸の火事どころではなく、だからこそ日本もあれこれと外交努力や防衛予算の増額を行って台湾有事を避けようとしています。

 

 「台湾有事が日本有事となるかは政治的な意志決定次第だ」とする誤解があるように感じます。ただ、日本が参戦しようがしまいが、中国は台湾有事を決意したならば軍事的な必要性から日本にも攻撃をしなければならない、とする理解が必要かと思います。

 日米を攻撃することは中国にとって当然リスクであることから、そのようなリスクが積み重なって抑止効果を発揮しているのが現在の状況です。

 

 

余談

 軍事の話をすると「戦争が好きなのか」と思われがちな本邦ですが、個人的には平和を求める人間こそ軍事に明るい必要があると考えています。

 つまり、平和主義者こそ軍事に詳しくあるべきだ、というのが私の考えです。

 少し極論に過ぎるかもしれませんが、しかし病気に一番詳しいのは病気を防いだり治したりする人であり、製品の不良に一番詳しいのは不良を防いだり阻止したりするエンジニアであり、同様に、軍事に一番詳しいのは戦争を防ぎたいと思っている平和主義者であっても何もおかしくないと思います。

 争いが嫌いだから争いにならないよう学び理解する、そんな姿勢もあるのです。