忘れん坊の外部記憶域

興味を持ったことについて書き散らしています。

猫の手も借りたい時に猫の手を持ってきてはいけない

 人月は神話であり、銀の弾丸などないのは常識だと思うのですが。

 

しょうもないやり取り

上司「時間が足りなくて進められていなかった評価試験、試験要員を追加したがその後の進捗はどうなった?」

 

部下「追加要員は評価試験をやったことがない人なので、まだ基礎的なやり方を教えている段階です。そのため評価試験はほとんど進んでいません。また教育に時間を使ったため抱えている他の業務は止まっています。しばらく付きっきりで教育をしないと使えるデータを取れるようにはなりませんが、とはいえ止まってしまった他の業務の遅れも取り戻す必要があります。よって予定していた新しい業務は日程を変更する必要がありますし、教育時間を割くために他の業務もさらに後ろへずらす必要がありますし、評価試験が完了するのは相当先になります」

 

上司「全部遅れたり止まってるじゃないか」

 

部下「だからそうなるって最初から言ってたじゃないですか」

 

猫の手では事態が悪化する

 肉体労働力ではなく頭脳労働力が足りない状況で適した人員を投下しない場合、まず間違いなく状況は悪化します

 素人を投下してよいのは教育訓練が不要で単純労働力が不足している場合に限定されており、教育訓練が必要なタスクに素人を追加で投下すると新たな教育コストが生じてタスクが遅延するのはブルックスの法則を知らずとも経験則的に分かることです。

 喫緊で差し迫った状況を解決するには喫緊で差し迫った状況を解決できるだけの飛びっきり優秀な人材を投入しなければならず、猫の手も借りたい時に本当に猫の手を持ってきても何の役にも立ちません。むしろ猫の世話に時間を割かれて余計に抜き差しならぬ状況に陥ります。

 これはプロジェクト管理における古典的常識でありこのような話をいちいちしたくはないのですが、実際に稀に生じる事態なので困ります。なんとも不思議です。

 

ソフトウェア業界からの学び

 ソフトウェア業界ではプロジェクト管理や開発における様々な手法・モデル・パラダイムが提唱されています。それらはソフトウェア業界に独自のものも他業界で同様に行われているものもあります。そのためソフトウェア業界が用いている手法が必ずしも最新や最先端とは限りません。

 ただ、他業界の人間がソフトウェア業界から学ぶことには意味があります。

 ソフトウェア業界はまだ歴史が浅く、業界としての骨組みを作るために手法・モデル・パラダイムの再構築と言語化を行っていると言えます。それこそウォーターフォールやアジャイル、Vモデルやスパイラルなどは他業界でも類似の手法を取っていますが、それらに新たなラベルを貼って方法論を明確に定義し直すことで具体的かつ分かりやすく伝承できるようになっています

 そのため他業界が組織内で非言語的に継承されている曖昧なプロセスを見直す上でソフトウェア業界の知見を流用することはとても効率的です。

 

 手法・モデル・パラダイムを定義することで理解を容易にする点で、かんばん、ジャストインタイム、平準化などを構築したトヨタと同様のことをやっているとイメージすれば製造業に勤める人ならば理解しやすいかと思います。あるいはトヨタ生産方式を再体系化したMITのリーン生産方式のようなものです。

 再体系化して知見を一般化することには意味と価値があります。そしてそれらから学ぶことは有益です。

 

結言

 私のような別業界の人でもソフトウェア業界から学ぶことはたくさんあります。

 少なくともソフトウェアプロジェクト管理における名著を知っていれば、人月は神話であり、銀の弾丸などは存在せず、猫の手も借りたい時に猫の手を持ってきてはいけないことは理解できます。