忘れん坊の外部記憶域

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苦い意見であっても、聞く必要はある:ウクライナ戦争に関する専門家の見解に耳を傾ける

 ロシアのウクライナ侵略が始まってから約2年。

 おそらく世界中のほとんどの人がいち早い収束と停戦を願って止まないことと思います。

 しかしながら、そのような停戦は適切ではないと警鐘を上げる専門家がいることにも留意が必要です。

 もちろんそのような意見は心情的に同意しがたく人によっては不快ですらあるでしょう。しかし理解と同意は別の次元であり、私たちは異なる見解に耳を傾ける姿勢を持ち、様々な意見を理解したうえでどれかを選ぶ必要があります。

 

 今回は英国王立国際問題研究所、通称チャタムハウスが発表した昨年のレポートから関連する言説を紹介します。レポートはかなり長いため、序文から一部のみの抄訳です。

 個人的にこのレポートへ全面的な同意をしているわけではないのですが、たとえ苦い意見であっても知っていることは知らないよりもマシだと考えています。

 

【引用元】

How to end Russia’s war on Ukraine
 Safeguarding Europe’s future, and the dangers of a false peace

ロシアによるウクライナ戦争を終わらせるには
 欧州の未来を守るため、そして偽りの平和の危険性

https://www.chathamhouse.org/2023/06/how-end-russias-war-ukraine/introduction

 

How to end Russia’s war on Ukraineの抄訳

 独立国であるウクライナを破壊しようとするロシアの試みの成功を許すことはできない。これはウクライナのためだけではない。危機に瀕しているのは、世界の安全保障の将来と、国連が体現する国際関係の中核原則の維持である。

 安定が回復し維持されるためには、ウクライナ戦争の結果が占領軍の追放に加えてロシアの権力の行使が抑制される状況につながることが不可欠である。時間の経過とともにロシア指導部が拡大主義的な野望を放棄するよう説得されなければならない。

これらの目標の達成が難しいことが、西側諸国が解決の追求を諦める正当化として利用されるべきではない。ウクライナにとって忌まわしい何らかの譲歩は最終的にはロシアに有利となり、ウクライナにおける領土獲得の少なくとも一部を確固たるものにするだろう。

現実主義による見当違いの議論を払拭し、西側諸国の団結とウクライナ武装とロシアへの抵抗における決意を訴えることがこの報告書の主な目的である。

 

戦争を終結させるために広く提唱されている多くの政策オプションは、その大部分は善意によるものだが、永続的な安全保障を実現するものではないため見当違いである。

 

最も重要なことは、この報告書は著者らが今後のより効果的な代替手段と信じているものを提案していることである。これらは主に、早く解決したいという誘惑に抵抗すること、ロシア(および西側)の恐怖心を煽る行為を無視すること、クレムリンへの戦争コストを増大させること、正義の追求を粘り強く続けること、そしてウクライナへの軍事支援を劇的に増やすことに基づいている。

 

ウクライナ政府の要求は最大的である。その要求には、ロシア軍の撤退と敵対行為の停止、ウクライナ領土の完全な回復、戦争犯罪に対する正義、戦争関連損害の賠償が含まれる。

その対極にあるのは、停戦を促進して、その後ロシアが合意できる恒久的和解を促進する手段としてウクライナの妥協と譲歩を求める声である。こうした主張は多くの場合で「現実主義者」として分類される影響力のある政策評論家によって広く支持されている。

これらの立場の要点は、ウクライナが領土をロシアの占領から解放することはできそうになく、ましてや国際法廷で正義を達成することは不可能であり、したがって現在の流血は無駄であるためキエフが早期にロシア占領下での合意を受け入れるよう誘導されるべきだということである。

 

このような提案の背後にある動機はおおむね善意であり、悲惨な戦争の迅速な解決を求める一部の政策立案者の願望を反映している。しかしこの報告書の後半で概説する詳細な反対に加えて、ロシアの条件のいずれかによる和解は2つの主な理由からほとんど意味がない。

第一に、これはウクライナ自身によって決定的に拒否された。ウクライナの政府と国民は引き続き決定的な勝利に向けて明確な決意を持っており、西側諸国に対してより多くの軍事装備と関連援助を提供するよう熱心にロビー活動を行っている。この点でウクライナはエストニア、ラトビア、リトアニア、ポーランドなどロシアに隣接する他の前線国家から特に強力な支援を受けている。これらの国々は侵略を容認するのではなく抑止し処罰する必要性と、現在ロシア軍が占領している地域で以前は自由だった国民に課せられたロシアの悪質な性質、その両方を明確に認識している。

第二にウクライナの譲歩、つまり事実上の降伏を求める議論は自己実現的な予言になる危険性がある。その支持者の多くは紛争前からロシアの優位性についての見解を変えていないが、ウクライナは勝てないのだから武器を提供すべきではないと主張している。これは西側の対ウクライナ政策に悪影響を及ぼしている。ロシアの反応に対する見当違いの恐怖と相まって、軍事装備やその他の援助の供給を遅延し制約している。

西側の迷っている政策立案者にとってウクライナに譲歩を強要することは簡単な解決策のように見える。しかしウクライナがすべての目的を達成できない可能性があるという自明のリスクがある一方で、西側が断固たる行動をとらなければそのような結果が生じる可能性ははるかに高い。言い換えれば、危険で持続不可能な結果に到達するにはウクライナに武器を送らないこと以上に確実な方法はない。

 

本レポートの執筆者たちはモスクワの動きとロシアの脅威の本質に関する長年の知見に基づき、安易な解決策を求めることは悲惨な結果を招くと確信している。

 

西側諸国が戦争にどう対応するかは世界的な影響を及ぼす。「ウクライナを犠牲にして、より広範な紛争から世界を救う」という結果主義的な主張は、戦争と国際安定との間に誤った結びつきを作っている。ルールに基づく国際秩序の健全性がウクライナの勝利と本質的に結びついているという理解ではなく、安全保障とはロシアと西側諸国との間の全面戦争の回避であると解釈している。それはより広範な紛争がすでに目前に迫っていること、そしてロシアが何十年にもわたって公然かつ秘密裏にこの作戦を遂行してきたという事実を無視している。プーチン大統領はロシアの野心がウクライナの制圧で終わらないことを示した。実際、ロシア国家は現在の形態では西側諸国との平和共存にほとんど関心を持っていないため、この問題は決して終わることはない。

 

つまり、ロシアは国内外に実力を行使して自国を拡大する機会を見出せば、それを利用するのである。6月24日に見られた反乱のような内部からの変化は政権を弱体化させるが、同時に抑圧機構を強化する。こうした政治に異議を唱えない限り、終わりのない紛争が常態化するのは避けられない。この連鎖を断ち切れないような解決策を提案することは、将来的に対立がさらに深まり、悲惨な事態を招く条件を整えることにほかならない。

したがって、プーチン大統領のロシアに融和することはウクライナとその西側同盟国の両方にとって行き詰まりであると我々は主張する。そしてロシアはウクライナへの全面侵攻の前日と同じか、それ以上の立場に置かれることになる。そのような「解決策」があれば、ロシアはいつでも隣国を攻撃できるようになるだけでなく国際秩序をさらに不安定化させる意思と能力を残すことになる。後者を達成することは現在の指導者の下でのロシアの野心の本質的な要素である。

国際秩序を維持することが西側の野心であるならば、国際秩序を弱体化させるロシアの能力(そして長期的にはその意図)を排除する必要がある。

 

西側諸国の動機に対する懐疑やそれに対する誤った善意の非難が、植民地再征服戦争から自国を守る欧州国家への支援を妨げることを許してはならない。非同盟諸国は、特に西側の植民地時代の歴史から多くの点で西側に疑惑を抱いている。ウクライナを裏切れば、ロシアと国境を接するほとんどの国の間で数十年以上にわたって同様の不信感が生まれるだろう。それはまた、ヨーロッパから遠く離れた他の侵略者にとって不安定化をもたらす激励と先例となるだろう。

 

このレポートの対象読者は、現在の非常に危険な状況に対して迅速かつ比較的安全または簡単な解決策があるかもしれないと心から信じている、合理的で思いやりがあり、十分な情報を持った人々である。これらの人々が主張したり賛同したりする「解決策」は一般に不合理なものではなく、ほとんどの場合、尊重し、関与し、議論する価値がある。

しかし、この報告書は著者らの専門知識と経験を総合して、なぜそのような考えが逆効果で危険なのかを説明している。そうすることでより良い代替案、つまり短期的にはウクライナに利益をもたらすだけでなく、長期的には欧州・大西洋の安全保障の基礎を守る案に到達する。これ以上に重要なことはない。

 

総論

 レポートはこれ以降も「この戦争は利害の絶対的な対立がある以上、交渉のテーブルでは終わらない」「ウクライナが平和と引き換えに領土を譲歩した場合、ロシアの拡大戦略を勇気付けるだけだろう」「コストが掛かり過ぎていると言うが、前線を維持するために支払うコストは後に侵略者から蹂躙されるコストと比較すれば遥かに安い」といった相当に苦い内容が続いていきますが、とりあえずここまでとしましょう。

 

 つまるところ、著者らは現時点での停戦交渉がミュンヘン会談の二の舞になると考えていることが分かります。また本レポートの視点は極めて西側的で著しいまでのリアリズムに準拠しており、現時点での停戦はルトワックが言うところの「戦争の凍結」に相当することを懸念しているのでしょう。

 実際、チェチェン・南オセチア・クリミアなど国際世論や条約を無視して軍事力をもって勢力を拡大したロシアが、次はルールを守ることを保証するものはないどころか、次もまたやる可能性のほうが高いと判断することは現実的です。

 厳しい見解となりますが、『嘘吐きを信じて裏切られた時、その代償を支払うのは嘘吐きを信じた遠くにいる我々ではなく、前線となる地域に住まう普通の人々である』と考えると、たしかにただ善意に基づいて嘘吐きを信じていいものかどうかは熟慮されなければなりません。

 

 平和を希求する私たち一般人からすれば彼ら国際政治学者の見解はとても厳しいものですし、なかなか同意することはできません。私としても歴史的な知見からすれば納得できますしリアリズムの観点から正しいことは理解できるものの、なかなか飲み込み難いです。

 ただ、賛否はともあれこのような見解があると知っておくことは無駄ではないと考えます。