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他国からの侵略は国家の安定性にどの程度影響を与えるか:ウクライナの事例

 アメリカのシンクタンクである平和基金会(FFP)は各国の安定性を数値化して毎年脆弱国家指数(Fragile States Index:FSI)を公表しています。

Fragile States Index | The Fund for Peace

 

 FSIの2023年版が先日発表されたことから、今回はウクライナの事例を参考として1年での変化を比較することで、他国から侵略を受けた国家の安定性がどう変化するかを見ていきます。

 

(評価の詳細に関する過去の記事)

 

ウクライナの脆弱国家指数に関する基礎

 まずはウクライナの総合順位の推移を見てみます。

 注意事項として、脆弱国家指数は国家の脆弱性を評価しているものであり、順位の数字が大きい方が安定的と評価されています。評価対象の国・地域数は年によって変わりますが、2023年であれば179位が最も安定的な国家、1位が最も脆弱な国家です。

 

 下図はウクライナの順位をグラフにしたものです。

 見るべき点は2006年、2015年、2023年の順位変化です。

 2006年の順位が86位とあまり良くないのは2004年のオレンジ革命に関連する政情不安の継続が原因だと考えられます。混乱が沈静化した後は110位前後で2014年までは少しずつ改善傾向を示していました。

 しかしクリミア危機や革命・騒乱が生じた結果、2015年は84位と急激に順位を悪化させています。この期間に最も悪化した指標は安全機構海外からの干渉です。治安の悪化、武力行使、武器の拡散、国境を越えた軍事攻撃、外国の政治的介入が指標の悪化原因だと考えられます。

 その後は90位前後で順位の変動がない期間が続いた後、2022年にロシアの全面侵攻が行われた結果、2023年は18位と急激な悪化を記録することとなりました。

 参考までに、18位がどの程度の位置かと言えば、カダフィ暗殺後の政情不安により内戦が続いていたリビアが17位、独裁者による著しい人権蹂躙が報告されているエリトリアが19位です。日本人に馴染みやすい表現を用いるならば北朝鮮が37位ですので、今年のウクライナは北朝鮮以下の厳しい評価をされています。

(北朝鮮は曲がりなりにも中央政府が機能していて国家の体をなしていますので、最下位グループには入りません)

 

2022年と2023年のスコア比較

 具体的に2022年と2023年のスコアを比較することで、各評価項目がどのように変化したかを見ていきます。

 

 安全機構・治安は著しい悪化により最低評価の10点を記録しています。この項目は爆破テロや攻撃・戦闘による死者、反政府活動、反乱、クーデター、テロなど、国家にとっての安全保障上の脅威を考慮する指標です。

 他国からの侵攻を受ける国家においてこの項目が悪化するのは必然と言えます。

 

 エリートの派閥には変動がありません。この項目は民族・階級・氏族・人種・宗教の違いによる国家機関の分断や、支配層同士の対立や膠着状態を考慮する指標です。また支配層のエリートがナショナリズムや外国人排斥、共同体帰属主義、共同体連帯(民族浄化や信仰の擁護)の観点から民族主義的なレトリックを用いることも考慮します。

 一般に戦時下であればこの項目にも変化が見られるはずですが、ウクライナはロシアからの圧迫を長年受けてきた国であり元々スコアが高かったことから、今回は変動する余地が無かったようです。

 

 集団の不平不満は+1.0の悪化が生じています。この項目は社会における異なる集団間の分裂・分断、及びサービスや資源へのアクセス、政治プロセスへの参加におけるその役割に焦点を当てた指標です。

 戦時下では資源分配の停止や集団の抑圧、憎悪や集団暴力が否応なしに生じることから、集団の不平不満が高まることは自然な現象です。

 

 経済の衰退は+2.0と大きく悪化しています。この項目は国内の経済衰退に関連する要素を考慮する指標です。

 専門家が度々指摘しているように、民需産業と比較すると現代の軍事産業はGDP数%程度の小規模な斜陽産業であり、戦争が景気対策になることはありません。現代戦は景気の後退と経済の衰退を必ず招きます。

 

 経済発展の不均衡は+2.0と大きく悪化しています。この項目は経済の実際のパフォーマンスではなく、経済内での不平等を考慮する指標です。例えば人種、民族、宗教、その他のアイデンティティグループ、教育、経済的地位、地域に基づく構造的不平等が挙げられます。

 国家の総力戦とはいえ前線の地域と後方の地域では必然的な格差が生じます。よって自国領土内で行われる戦争は経済発展の不均衡を必ず悪化させることになります。

 

 海外への人材流出は+3.0と著しい悪化を示しています。この指標は経済的や政治的な理由による人間の移動がもたらす経済的影響と、それが国の発展にもたらす可能性を考慮する指標です。

 議論の余地も無く、経済的な余裕がある人の一部は戦争が生じればそこから退避することを選択します。逆に戦争が生じている国へ好んで向かっていく人はほぼ居ません。よって戦争は海外への人材流出を必ず引き起こすことになります。

 

 国家の正当性は-0.1と僅かばかり向上しています。この項目は政府の代表性と開放性、及び政府と市民との関係を考慮する指標です。国家機関やプロセスに対する国民の信頼度を調査し、大規模な市民デモ、持続的な反抗、武装反乱の勃発など、信頼度が低下した場合の影響を評価しています。

 戦争の初期段階及び戦争勝利時はこの指標が改善されることが多いですが、反対に戦争の末期段階や敗色濃厚となるとこの指標は悪化します。ウクライナは侵略を受けた側であり、この項目が改善するのは自然なことです。

 

 公共サービスは+3.0と著しい悪化を示しています。この項目は国民に奉仕する基本的な国家機能の存在を考慮する指標です。健康、教育、水と衛生、交通インフラ、電力、インターネット接続など、必要不可欠なサービスの提供を含みます。また、効果的な取り締まりを認識することによって、テロや暴力などから国民を守る国家の能力も含まれます。

 戦時下で公共サービスが改善されることは皆無であり、当然ながら悪化の一途を辿ります。

 

 人権と法の支配は+2.0と大きく悪化しています。この項目は基本的人権が保護されて、自由が守られて、尊重されているかに関する国家と住民との関係を考慮する指標です。

 戦時下の国家では軍事の論理が優越される傾向にあり、言論や移動、労働や情報へのアクセスなど様々な権利が制約されるため、この項目は大抵の場合で悪化します。

 

 人口動態圧力は+2.5と酷く悪化しています。この項目は人口そのもの、あるいは人口を取り巻く環境から生じる国家への圧力を考慮する指標です。例えば食料供給、安全な水へのアクセス、その他の生命維持に必要な資源、または疾病の流行や疾病などの健康に関連する人口圧力を評価しています。

 前線からの避難による人口密度の変化のみならず、公衆衛生や栄養状況の悪化、食品や飲料水の供給難、自然環境の破壊など、戦争はこの項目に関連する各種の資源に甚大な損害をもたらします。

 

 難民と国内避難民は+5.8と惨いまでに悪化し最低評価の10点を記録しています。この項目は社会的、政治的、環境的、あるいはその他の原因によって大規模なコミュニティが強制的に移動させられることによって生じる国家の圧力を評価する指標です。国内の移動だけでなく、他国への難民の流入も測定しています。

 他国からの侵略は難民と国内避難民の増加を必然的に引き起こして人道的問題をもたらす原因です。

 

 海外からの干渉は+2.5と酷く悪化し最低評価の10点を記録しています。この項目は国家の機能(特に安全保障と経済)において、外部のアクターが及ぼす影響とインパクトを考慮する指標です。外部介入は政府、軍隊、情報機関、アイデンティティグループ、または国家内のパワーバランスに影響を与える可能性があるその他の主体によって危険に晒される国家の内政に、秘密裏に、または公然と外部主体が関与するといった安全保障面に焦点を当てて考慮します。

 この項目は他国からの軍事攻撃を受けた際に悪化します。よって他国からの侵略を受けているウクライナでこの項目が悪化するのは必然です。また、戦時下のやむを得ないこととはいえウクライナは明確に西側諸国からの政治的・軍事的介入を受けており、それもスコア悪化の一因となっています。

 

結言

 侵略側であるロシアの状況を並べると、順位は75位から53位へと悪化し、総合スコアも72.6から80.7と+8.1の変化を示しています。ウクライナの+27.3ほどではないにせよ悪化の傾向です。

 これら数値データから、戦争の勃発は侵略側と被侵略側の双方が国家の安定性を損ねることが分かります現代社会において『戦争による発展』は幻想に過ぎません

 今回の事例であれば、戦争の影響は被侵略側で特に顕著に表れています。ウクライナは『国家の正当性』を除く全ての項目が悪化しており、特に安全機構、難民と国内避難民、海外からの干渉は最低点の10点と評価されており、その他の項目も軒並み低評価に落ち込んでいます。

 

 つまるところ結論としては、他国からの侵略を回避するために国家は全身全霊で活動すべきだ、と言えるでしょう。

 戦争はろくな結果を生みません。双方が損失を被る以上、適切な戦争回避は同時に侵略側の国民を救うことにも繋がります

 

 

余談

 今回の比較からも分かるように、戦争は時に国家の正当性を向上させます。もっと適切に訳せば政府の正当性を向上させます。

 分かりやすい事例としては、クーデターで政権を簒奪した独裁者が他国を敵視してあまつさえ侵略するようなパターンです。国民の不満は他所へ向きますし、共通の敵を置くことで集団は団結するため正当性が向上します。

 民主主義国家は選挙によって国民の負託を受けていることが政権の正当性を担保していますが、そうではない方法で政権の座に就いた権力者はその権力の正当性を確保する必要があり、これが独裁国家や権威主義国家が他国へ戦争を仕掛けがちな理由の一つです。

 極めてろくでもない、イヤな話ではありますが。