軍産複合体なるワードを近年あまり聞かなくなっていましたが、各地での戦争の影響か、またチョコチョコと見かけるようになりました。
軍産複合体の影響力は半世紀以上も前、アイゼンハワーの時代であれば実際的なものではありましたが、現代では大して意味のある言葉ではありません。
以前にも軍需産業に対する過大評価へ苦言を呈する記事を書いたことがありますが、今回はもう少し具体的な数字をまとめてみましょう。
(過去の記事)
産業の規模感
軍産複合体の"産"である軍需産業ですが、軍需産業と一口に言っても幅が広いため、今回はメインである兵器産業に絞りましょう。軍需産業の定義からすれば兵器以外の消耗品や衣料や食料なども含まれますが、それらは個別では規模が小さく政治的な権限も大きくありませんし、そもそも民需のほうが遥かに大きく戦争が起きたらむしろ困る産業ですので、軍産複合体の一員として捉えることは不適切でしょう。よって戦争に関して大きな発言力を持っているであろう兵器産業に絞るのは妥当かと思います。
業界や産業の市場規模を単純比較するのは意外と難しいものです。
業界全体の利益では「儲かっている会社」と「儲かっていない会社」が混在するため分かりにくくなります。また産業によって利益率も大きく異なるため利益だけで比較するのは妥当ではないでしょう。かといって企業の時価総額で比較するのもまた確実性に欠けます。
そもそも企業は単一産業でのみ商売をしていない場合がほとんどであり、正確に市場を測定するのであれば企業基準ではなく商品・サービスを個別に測定する必要があります。例えばアメリカのアップルをIT産業と分類するかエレクトロニクス産業と分類するかは、本来であれば収益の内訳を細かく見なければできません。
そのため、今回は各産業からトップ企業5社の収益(revenue)を見ることで大まかな規模感を比較していきたいと思います。正確性には欠けますが、概ねトップ5社であればその産業に注力しているメジャーな企業だと言えますので、収益を合計すれば規模感の把握に役立つことでしょう。
兵器産業
兵器産業についてはストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が統計を公開していますので、2022年の兵器収益(Revenue)上位を見ていきます。
1位【ロッキード・マーティン(アメリカ)】
合計収益:US$66B
兵器収益:US$60B
2位【RTX(旧レイセオン・テクノロジーズ)(アメリカ)】
合計収益:US$67B
兵器収益:US$40B
3位【ノースロップ・グラマン(アメリカ)】
合計収益:US$37B
兵器収益:US$32B
4位【ボーイング(アメリカ)】
合計収益:US$67B
兵器収益:US$29B
5位【ジェネラル・ダイナミクス(アメリカ)】
合計収益:US$39B
兵器収益:US$28B
トップ5の収益合計はUS$276B、そのうち兵器の収益合計はUS$189Bです。
これ以降はBAEシステムズ(イギリス)、中国兵器工業集団(中国)、中国航空工業集団(中国)と続きます。中国やロシアの企業は公開されている数値が疑わしいこともありますが、とはいえトップ5をアメリカ企業が独占しているところを見るとアメリカの軍産複合体に対して疑念が持ち上がるのもやむを得ないような気はします。
上述したトップ5の兵器収益合計US$189Bを兵器産業の規模感として、続いて比較のために他業種の収益を見ていきましょう。
会計年度を揃えるのは手間が掛かり過ぎるため、規模感の把握ということで年度が多少前後いたしますがご了承願います。
小売り(retail)
1位【ウォルマート(アメリカ)】
収益:US$600B
2位【アマゾン(アメリカ)】
収益:US$502B
3位【コストコ(アメリカ)】
収益:US$231B
4位【ホーム・デポ(アメリカ)】
収益:US$157B
5位【京東商城(中国)】
収益:US$157B
トップ5の収益合計はUS$1647Bです。
石油・ガス
1位【中国石油化工(中国)】
収益:US$373B
2位【中国石油天然気】
収益:US$357B
3位【エクソンモービル(アメリカ)】
収益:US$314B
4位【シェル(イギリス)】
収益:US$306B
5位【トタルエナジーズ(フランス)】
収益:US$205B
トップ5の収益合計はUS$1555Bです。
エレクトロニクス
1位【アップル(アメリカ)】
収益:US$386B
2位【フォックスコン(台湾)】
収益:US$202B
3位【サムスン(韓国)】
収益:US$197B
4位【デル(アメリカ)】
収益:US$91B
5位【ソニー(日本)】
収益:US$89B
トップ5の収益合計はUS$965Bです。
ヘルスケア
1位【CVSヘルス(アメリカ)】
収益:US$315B
2位【ユナイテッドヘルス(アメリカ)】
収益:US$313B
3位【マケッソン(アメリカ)】
収益:US$272B
4位【センコラ(アメリカ)】
収益:US$239B
5位【カーディナルヘルス(アメリカ)】
収益:US$187B
トップ5の収益合計はUS$1326Bです。
自動車
1位【フォルクスワーゲン(ドイツ)】
収益:US$335B
2位【トヨタ(日本)】
収益:US$307B
3位【フォード(アメリカ)】
収益:US$176B
4位【GM(アメリカ)】
収益:US$172B
5位【メルセデスベンツ(ドイツ)】
収益:US$166B
トップ5の収益合計はUS$1156Bです。
結言
ピックアップはこの辺りにして、最後に合計収益を並べてみましょう。
兵器:US$189B
小売り:US$1647B
石油・ガス:US$1555B
エレクトロニクス:US$965B
ヘルスケア:US$1326B
自動車:US$1156B
建設・IT・金融・商社・化学・鉄鋼などを並べていってもそこまで変わらない結論になりますが、他業種に比べて兵器産業は一桁くらい規模が小さいことが分かるかと思います。
他にも、例えば誰もがご存じGAFAMの収益を個別に見ても、
グーグル(US$307B)
アップル(US$386B)
メタ(US$135B)
アマゾン(US$502B)
マイクロソフト(US$228B)
であり、兵器産業が束にならなければ追い付けないほど巨大です。
数値から分かる事実として、軍事費が国家予算の大半を食っていた大戦期や予算が潤沢であった冷戦期と比べれば現代の兵器産業は極めて縮小されています。
そして産業の政治的発言力は当然ながら産業規模に依存します。
そのため、兵器産業の政治的発言力は過去に比べて著しく低下しています。合計すれば二桁レベルで規模の大きい民需産業と比べれば、国家や政治家が兵器産業に忖度をする理由はありません。
以上より、率直に言えば「兵器産業が戦争を望んでいる」や「軍産複合体が政治を支配している」なんて考えは現代では陰謀論に過ぎません。それほどの政治的発言力を持つだけの規模を、すでに兵器産業は持っていないのですから。
余談1
軍需産業は企業献金が多く、だから政治的発言力が強いという意見もあります。
たしかにアメリカで公開されている例を見れば分かるように、軍需産業は多くの企業献金をしています。
ただ、それは産業の特殊性に依拠します。
献金が多い理由を簡単に言えば、兵器産業の主な顧客は国家しかいないためです。軍需産業の企業献金・ロビー活動は政治的発言力を行使することが主目的ではなく、販促・販売活動だと認識する必要があります。
つまり軍需産業の企業献金は「越後屋、お主も悪よのぉ」的な黒いお金ではなく、「へへ、今年もなんとか予算をくだせぇ」といった、ただの陳情です。
余談2
ちなみにロシアによるウクライナ侵攻が兵器産業に利益をもたらしたかと言えば、まだ断定的な判断は難しいものの、少なくとも短期的にはもたらしていません。兵器産業トップ100社の収益は、2021年がUS$600Bに対して、2022年はUS$597Bと収益が微減しています。