私はエアコン屋ではありません。
とはいえ熱力の技術屋ではありますので、HVAC&Rについてある程度理解していて、その知見からエアコンに関しても過去にいくつか業界の回し者的な記事を書いています。
◆エアコンに関する小話『修理は難しい、悪徳業者、おすすめメーカー』 - 忘れん坊の外部記憶域
◆そろそろエアコンの試運転をしましょう - 忘れん坊の外部記憶域
今回は、少し前にダイヤモンドオンラインで見かけた記事について少し苦言を呈する形で、思ったよりも世間に周知されていないような気がする『エアコンの冷媒入れ替え』について私見を述べていきます。
業界団体の見解に従おう
まず大前提として、業界団体である日冷工はエアコンの冷媒入れ替えを一切推奨していないどころか完全に否定しています。
こんな警告のパンフレットを出している程度には、冷媒の入れ替えはやってはいけないことです。
業界団体がやめろと言っているのですから、冷媒の入れ替えを推奨するような記事を世間に公開するのは勘弁して欲しいものです。
なぜ冷媒を入れ替えてはいけないかはこのパンフレットに全部書かれていますので特に語ることもないほどですが、まあそれでは寂しいので少し補足を入れていきましょう。
良いことなんて一つもない
>>低炭素化や省エネルギー、性能改善、点検費用や電気料金の削減などをうたって指定していない冷媒に入れ替える行為が見受けられます。
低炭素化は広義の意味では誤りではありません。ノンフロン冷媒に入れ替えると温室効果ガスが減るという話でしょうから、一応は事実です。とはいえエアコンの冷媒が大気に放出されない限りはあまり関係がありませんし、近頃はちゃんとフロン回収をするようになってきていますので、ノンフロン冷媒に入れ替えても低炭素化にはさほど寄与しないでしょう。
省エネルギーは事実です。なぜならば冷媒を入れ替えると冷えなくなるからです。エアコンは熱交換器もセンサも圧縮機も冷凍機油も電子膨張弁も制御システムもそれ以外も全ての部品が冷媒に合わせて設計されており、異なる冷媒に入れ替えると正常に機能しなくなります。その結果としてまともに冷えなくなりますので、その分エネルギーを使わなくなります。要するに本末転倒な話です。
性能改善は完全に誤りです。上述したようにエアコンは元々の冷媒に合うよう設計されており、別の冷媒に入れ替えると制御が狂います。さらに専門的な話をすれば、エアコンで一般的に使われているR32/R410Aよりもノンフロン自然冷媒のほうが同温度条件における比エンタルピー差、つまり冷凍効果が低いです。よって100%絶対に性能は悪化します。
点検費用は削減できるかもしれません。なぜならば冷媒を勝手に入れ替えたエアコンはメーカー指定業者が点検しなくなるためです。当たり前ですが、勝手に改造した装置を親切にメンテナンスしてくれる指定業者なんていません。それは冷凍空調製品に限らず車やパソコンだって同じです。よってまともな技術の無いモグリの業者しか点検をしてくれなくなります。それはたしかに安く済むかもしれませんが、削減したコスト以上のリスクを抱えることになるでしょう。
電気料金は削減できます。省エネルギーと同じで、まともに冷えなくなるのだからそりゃあ電気代は減ります。それに意味があるとは思えませんが。
>>特にノンフロン自然冷媒と称する冷媒の中には、強い燃焼性を持つものもあるため、万が一機外に漏洩したときに火災や爆発などの重大な災害に至るおそれがあり、大変危険です。
ノンフロン自然冷媒というとお洒落な響きに聞こえるかもしれません。
ちなみにノンフロン自然冷媒の大半は炭化水素系冷媒です。冷媒の名前で言えばR290やR600a、R1270あたりでしょう。もっと一般的な名称で言えばプロパンやイソブタン、プロピレンです。それらを混合したR443Aなどもあります。
つまり、炭化水素系冷媒とはカセットガスボンベに入っているような石油ガスのことです。そりゃあよく燃えます。強燃姓です。安全を考慮して設計されたキッチンのプロパンガスならばまだしも、そんなガスを建屋や家屋のエアコン配管で循環させるなんて正気の沙汰ではありません。
たしかに炭化水素系冷媒を用いた冷凍空調製品はあります。例えばスーパーで冷凍食品を冷やしているような小島タイプの冷凍ケースは徐々に炭化水素系冷媒への転換が進んでいます。それは室内外機が一体化した構造を生かして冷媒ガスが外部に漏れないよう安全に考慮した設計が為されているためです。そしてそのような装置には万が一冷媒が漏れても着火しないよう防爆対策を施された部品が用いられています。
それに対して室内外機が別のタイプ、例えば壁置きの冷蔵ケースや家庭用エアコンなどは現地での配管施工が必須であり、安全対策には限度があります。部品の防爆だって考慮されていません。そんな安全対策のしようがないエアコンに炭化水素系冷媒をぶち込むなんて、なんとも恐ろしい話です。
>>不具合、事故などについて、メーカーはその責任を一切負いません。
この文言はメーカーの責任回避とかそういう次元の話ではなく、「本当に危ねえから絶対やめろ」とメーカーや業界団体が懇願している文章です。冷熱屋からすれば本当に勘弁して欲しい事象の一つが、この冷媒の入れ替えです。
結言
ノンフロン自然冷媒への入れ替えは【冷えなくなる】【危ない】【メーカー保証が無くなる】と良いこと無しですので、絶対にやめましょう。本当にやめてください。勘弁してください。
率直に言って、ノンフロン自然冷媒のほうが地球温暖化係数(GWP)が低いなんて程度のこと、メーカーは百も承知です。当の昔に検討・評価をしていますし、安全に取り扱えるよう今なお必死に考えているところです。
現代は各国の気候変動に関する法規制に尻を蹴られながらも環境により優しい冷媒を使いこなそうと各社がしのぎを削って必死に競争しているご時世であり、本当にノンフロン自然冷媒へ入れ替えるだけで良くなるのであればメーカーが率先してやっています。
それでも市場に無いということは、そういうことなんです。