忘れん坊の外部記憶域

興味を持ったことについて書き散らしています。

愛車とお別れしなければならない時が来たようだ

私「車が好きなんですよ、まあ車というよりは運転のほうですけど」

同僚「そっか」

私「ああ、でも今の車には愛着があります。結構長く乗ってますからね」

同僚「そっか」

私「東京に引っ越した場合、車の所有は厳しいですかね?」

同僚「駐車場に今いくら払ってる?」

私「うちはなんと駐車場代が家賃に込みの物件です。内訳的にはたぶん5000円くらいですね」

同僚「そっか」

 

同僚「もちろん場所によるけど、2万円以上かかるよ」

私「あ、はい。諦めます」

 

 都会は土地の金銭感覚がちげえや。

 

愛車との思い出

 我が愛車、HONDA VEZEL(ヴェゼル)。

 初めて買った車は父の教えに従い「排気量の小さい」車であるHONDA FITだったが、3年ほど乗って運転に慣れた頃に買い替えた車が今のVEZELだ。

 FITも良い車ではあるものの、コンパクトカーなので空間がどうしても狭い。

 そして私はアクセルを吹かすことが大好きな馬鹿だ。よって排気量の大きい車に乗ったってロクなことにはならない。

 そんな私のニーズを見事に満たしているのが、FITと同じ排気量で広い空間を持つVEZELだった。「新しい車が出ましたよ」とディーラーに紹介されて一目惚れし、すぐさま買い替えたことを覚えている。

 

 たしか2013年に販売が開始してからすぐに注文をしたので、VEZELに乗り始めてからおよそ10年が経つ。

 ディーラーからはそろそろ乗り換えて欲しいムードをひしひしと感じるし、私としても彼らの営業成績に貢献してあげたい気持ちは無きにしも非ずだが、どうにも他の車種は今一つ琴線に触れない。

 せめて新型VEZELへの乗り換えはどうかと薦められるものの、新型はいかんせん顔が好かない。新型も四角くてお洒落だとは思うが、初代の厳ついながらも丸いヌルっとした顔が好きなのだ。

 何よりも今の愛車は私とともに艱難辛苦を乗り越えてきた思い出が・・・そこまでの思い出はさすがにないが、とはいえほぼ毎日乗っているわけで相当な愛着が生まれているし、私がどこか遠出をする時は公共交通機関ではなく車で移動することを好んでいたためどこへ行くにしても愛車が一緒だったのだ。そんな愛車を手放すことは、正直なところ心残りではある。

 

 ただ、そろそろ買い替えること自体は軽く検討していたので、買い替えはせずに手放すにしても、良い区切りだと思う他ないだろう。

 

寝起きの衝撃

 あまり愛車との思い出とは言えないが、せっかくなので「フロントガラス全損事件」を記録しておこう。あれはあれで、愛車との思い出だ。

 

 当時、私は会社の近くにある独身寮に住んでいた。

 会社の駐車場は通勤に車を用いる従業者が優先であったため、車を持っている寮生は近所の月極駐車場と契約して車を置き、金曜日の定時後に寮の近くへ車を持ってくることが習慣だった。

 

 ある休日、仕事の疲労を抜くために9時過ぎまで惰眠を貪っていた私の意識を揺り起こしたのは扉のノック音だった。

 のそりと布団から抜け出し、だらだらと扉まで歩いていく。家賃は破格の5000円、ただし部屋の広さは4畳半の社畜小屋であり、扉までは数歩で辿り着く。

 立っていたのは同じ寮生の同期だった。

 (なんだ、遊びの誘いか?それとも飯の誘いか?)

 寮には同期が10人くらいは住んでおり、休日は同期で遊ぶことが多かったので頭をよぎったのはそんないつものパターンだった。

 しかし彼の口から飛び出してきたのは聞き覚えのない言葉であった。

 

「お前の車、凄いことになってるぞ。早く行ったほうがいい」

 

 寝起きで働かない頭には彼が言っている言葉の意味がまったく理解できなかったが、まあ同期の忠告には素直に従っておいたほうがいいだろう。「よく分かんねえけどちょっと見てくるわ」と部屋着のまま部屋から出ていくことにした。

 家賃5000円の寮にエレベーターなんて高度なものはない。そして自室は5階なため階段を歩いて降りなければならない。若者しか入れない独身寮だからこそ許される、実に雑な建物だ。ちなみにコンクリ打ちっぱなしの安普請であり、さらには野球グラウンドと隣接している都合で窓には鉄格子が嵌められていたことから、冗談抜きで社員からは「監獄」として扱われていた。とはいえ家賃の安さは若者にとっての正義だ。

 

 寮の外には寮生の車が何台も並んでいる。金曜日の夜に早いもの勝ちで寮の近くに車を停めていくため、当時から残業の多かった私の車は少しだけ遠くに置いてある。

 のそのそと愛車まで歩いていった私の視界に飛び込んできたのは並んで頭を下げている社内野球部の投手と野手と総務部。

 そしてフロントガラスの半分以上がヒビ割れた愛車だった

 

 非日常な光景が寝起きの頭では処理できない。並んでいる3人の男たちはなにやら「さーせんした!」と謝っているので、おそらく下手人は彼らなのだろう。

 車に近づいていくと、フロントガラスの真ん中よりやや上に野球の硬式ボールがぶつかったらしくそこから放射状にヒビが入っていることが分かった。ボールがぶつかった付近のガラスは車内にまで飛び散ってしまっているようだ、座席が陽光を浴びて少し煌めいている。

 なるほどなるほど、あい分かった。

 車の停車位置から推測するに、バックネットを飛び越える特大ファールボールを打ってしまったのだろう。なにせ防球ネットの裏にある建物の裏側に私の車は停めており、バッターボックスから直線では絶対に到達できないはずだからだ。相当高く打ち上げたことが分かる。

 うん、まあ良いバッターだな。まっすぐ飛んでいればきっとホームランだ。今後の活躍に期待しよう。

 しかしまあ、一切の悪意が存在しない実に不幸な事故だ。彼らにとっても、私にとっても。

 

 ああ君たちはいいよ、後は彼と話をするから、と野球部員を練習に戻らせて、総務の若い男と今後の相談をすることにした。彼は歳も近く同じ寮生の顔見知りなので話はしやすい。

私「当然だけど、うちの野球部はスポーツ保険に入ってるよね?」

総務「もちろん入っています、ただ・・・」

私「ただ?」

総務「修理費はそちらの保険から出していただけないでしょうか」

私「なぜだろう、その理屈は分からないな」

総務「ここは本来の駐車スペースではありませんので、今回はそちらの過失になるのではないかと」

私「待ってくれ、俺たち寮生がここに車を停めていることと、それをぶっ壊したことは別の話だろう」

総務「それはそうなのですが・・・」

私「なんだ、じゃあ路上駐車している車だったら壊してもいいとでも言うつもりかい?」

総務「それは、まあ、そうではありませんが」

私「勘弁してくれ、こういう時のためのスポーツ保険だろう?」

 

 幸いにして論争はそこまで過熱せず、車はスポーツ保険で修理してレッカー代だけは私が持つこととした。

 まあ落としどころとしては悪くはない。無理に全額を飲ませようとすると総務のお偉いさんが休日にも関わらず召喚されただろうし、そこまで大事になっては駐車禁止の布告が出されて寮生の利便性が低下してしまう。レッカー代程度でコトが収まるのであれば充分だ。総務の彼も上司に説明しやすくなるだろう。

 

 車はレッカー車が入れない奥まったところへ駐車していたため、レッカー車のところまでは自走することにした。ヒビが入ってほとんど前が見えない故障車を走らせるのは気が引けるが、ここは私有地だから問題はない。

 運転席はフロントガラスの破片が派手に散らばっていて座ることができなかったため、中腰で器用に運転してレッカー車のもとまで転がしていく。自転車の立ちこぎはともかく自動車の立ち運転は初体験だった。

 無事レッカー車に連れられてドナドナされていく傷ついた愛車を見送りながら、とんだ休日の午前中だと独り言ちたものだ。

 

結言

 様々な経験を共にしてそんな愛車も、どうやら手放すことを本格的に検討する必要がありそうです。

 やむを得ないこととはいえ、寂寥感が募ります。